《ミャンマー軍事クーデターのその後》住居、仕事、お金、すべてを奪われても不服従運動を続ける市民たち─死も「怖くない」と語る彼らの"胸中"
保健省で働いていた医師の語り
「まさか21世紀に、こんなバカみたいなことが起きるなんてね」クーデター以前、首都ネピドーの保健省でエリートコースを歩んでいた医師は、そう言っておどけたように目をクルクルさせた。
彼女がCDMに参加したのは、クーデター翌日の2月2日。
CDM、市民的不服従運動とは、不当な権力からの命令に対して、良心に基づき、公然と違反する行為だ。クーデター直後から、国中の公務員たちは「公正な選挙で選ばれた政権のもとでしか働かない」と宣言して、一斉に職場を去っていた。
「本当なら初日からCDMを始めるべきだった。でもその日、ネピドーでは早朝からインターネットも電話もつながらなくて、クーデターなんて全然知らなかったんだ。お昼前に、人づてにやっと何が起きたか知った。なんてバカなことを! と腹が立って仕方なかった」
CDMに参加後、彼女は公務員用宿舎で暮らしながら、ネピドーでデモなどの抗議活動に参加していた。しかし1カ月ほど経つと、軍からCDM参加者に「○日までに職場に戻れ」という圧力がかかり始めた。
このまま宿舎にいれば、いつ軍に踏み込まれるかわからない。身の危険を感じた彼女は、身の回りのわずかな荷物を持ってヤンゴンの実家に逃れることにした。



















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