《ミャンマー軍事クーデターのその後》住居、仕事、お金、すべてを奪われても不服従運動を続ける市民たち─死も「怖くない」と語る彼らの"胸中"
怖くない? と尋ねると、彼女はまた笑った。「ぜんぜん怖くないよ」
死ぬかもしれなくても? 「うん、死ぬかもしれなくても」
軍政への絶望が、武力闘争への道を拓く。医師の迷いなき瞳に、命より大切なものの存在を知る。
マルワゴン駅の鉄道員たちの語り
「お金がなくなったら、ご飯を1回減らす。それでも足りなければ、おかゆをすすって生きる。僕たちはそういう覚悟で、CDMを続けてきたんだ。絶対にあとには退かないよ。民主主義は、必ず勝つ」彼はそう言って、ドキッとするくらいまっすぐな目で私を見つめ、3本指を掲げた。
その日私は、CDMに参加した3人の鉄道員に会っていた。ヤンゴンのマルワゴン駅の構内にある鉄道員宿舎で暮らしていた30〜40代の職員だ。クーデター直後から、がっちりと団結して軍政に抵抗してきた鉄道省。彼らによると、ヤンゴンにいた約1000人の職員のうち、実に8割が今もCDMを続けているという。
「ヤンゴンでは多少列車を動かしているけど、あれは見せかけだよ。地方では、貨物列車も含めて全部止まっている。僕らみたいな専門職には、代わりがいないからね」
彼らがCDMを続ける原動力は、どこにあるのだろう。彼らは、こんな事情を話してくれた。
「軍政時代、公務員は国民から賄賂を巻きあげて暮らしてきた。警察も税務署も市役所も、どこも賄賂だらけだった。公務員の給与が安いとはいえ、国民のお金を盗んでいたようなものだよ。だけど、僕らの仕事は鉄道の運転や車両の整備。同じ公務員でも、賄賂をもらうような仕事じゃない。
そのかわり僕らには、きちんと仕事をして給与をもらい、きれいに働いてきた自負がある。NLD政権は、そんな賄賂がはびこる国で、公務員が賄賂なしで生活できるように、いろんな努力をしてくれたんだ。
たとえば、給料を上げて、労働量を減らしてくれた。休暇もとれるようになった。イギリス統治時代に建てられた古い宿舎も、新しくすると約束してくれた。政府のために国民が働くんじゃなくて、国民のために政府が働いてくれたんだ。それが僕らにとってのNLD政権だったんだよ。軍政になったら、またあの賄賂で腐った国に戻ってしまう。それは絶対に止めないといけない」


















無料会員登録はこちら
ログインはこちら