《ミャンマー軍事クーデターのその後》住居、仕事、お金、すべてを奪われても不服従運動を続ける市民たち─死も「怖くない」と語る彼らの"胸中"
この判断は正解だった。彼女の予想通り、軍は4月に入ると、CDMに参加する医療者への圧力を一気に強めたのだ。4月9日の記者会見では、軍の報道官が「医療CDMは人道に反している。これは殺人だ、ジェノサイドだ」と糾弾し、医療CDMの参加者に実効的措置をとると発表した。
これには他の医師たちも「人を殺しているのはどっちだ!」と悔しがった。当然だろう。軍は救護班に銃を突きつけ、地域の診療所を襲撃し、医療者たちを拘束していたのだから。
突然の解雇通知。働く場所も見つからず…
彼女は4月を振り返り、ため息をつく。「朝起きるとまず、国営メディアで発表されるCDM指名手配者リストをチェックして、自分の名前がないことを確認するの。似たような名前を見るたびに、ドキッとした。夜は夜で、軍車両が街をまわっているでしょう。あの低いエンジン音が聞こえると、眠っていても目が覚めてしまう。その度に、窓やドアの鍵を何度もチェックしていた」
保健省の職員データには、彼女の実家の住所も登録されている。もはや実家でも安心できなくなった彼女は、ヤンゴン市内の友人や親戚の家を、数日おきに転々とするようになった。「CDMに参加したばかりの時は自信満々だったけれど、軍に追われ始めてからは、身体的にも精神的にも本当にクタクタだった」
しかしそんな彼女のもとに6月、保健省からの解雇通知が届いた。これでもう公務員ではない、もう逃げなくていい、と心から安堵したという。「解雇通知には、(民主派政党の)NLD政権下で国費留学させてもらった時の費用を12月までに返すように、と書かれていたの。そんな貯金、あるわけないよね。でも、軍は私たちの政府じゃないから、返す義務はないと思ってる」そう言って、いたずらっぽく笑う。
これからどこかで働くの? と聞くと、彼女は「それが問題」と、困った顔をした。すでにいくつかのNGOや私立病院に履歴書を送ったのだが、書類選考すら通らないのだという。
「NGOも私立病院も、CDM参加者を雇っているとわかったら、軍政に目をつけられて認可を取り消されてしまうかもしれない。だから人手不足でも、CDM参加者を雇いたがらないの。たとえCDM参加者だと明言しなくても、2月以降働いていない医療者はなかなか採用されない。他の医師や看護師も同じ状況だよ」


















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