《ミャンマー軍事クーデター後の惨状》拉致、銃殺、胴体切開による拷問─非道すぎる軍を前に市民が貫いた「非暴力」も無力に…日本の対応は

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ミャンマーの人々
ショッピングセンター前でデモをする人々。プラカードには『私たちを助けて ミャンマーを救って 人道に対する罪を止めて』と書かれている。彼らが英語を使ったのは、SNSなどでこの様子を目にする海外の人に、何が起きているか気づいてもらうためだ(写真:2021年2月15日、筆者撮影)
2021年2月にミャンマーで軍事クーデターが起きてから、人々は民主主義と自由を奪われた。最初は徹底した非暴力で抵抗を示した市民だったが、無慈悲なことに、軍はそんな市民たちを虐殺し始める──。
当時、国際開発の仕事でヤンゴンに住んでいた西方ちひろさんは、自身が目の当たりにした民主化闘争をリアルタイムでSNSに投稿し、子どもたちの未来のために自由と民主主義を命懸けで取り戻そうとする市民の様子を発信した。初著書『ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか』では、西方さんの投稿を加筆修正し、クーデター後1年間の様子が丁寧にまとめられている。
今回は、軍による目を背けたくなるほどの残虐行為の数々に加え、インターネットを遮断されどんどん“ブラックアウト化”するミャンマーの様子、そしてひどすぎる惨状を前に国際社会および日本はどのように対応してきたのかについて、抜粋・編集して紹介する。

激しさを増す軍の狂気

2021年3月10日。軍による残虐行為が、日々エスカレートしている。毎日どこかで誰かが銃殺され、実弾によって身体の一部を吹き飛ばされた人たちの生々しい写真がSNSで拡散される。

数日前にツイッターで見かけた、ヤンゴン在住の日本人の投稿には「自宅近くで、暴行を受けて腕を折られた挙句に拉致された、その仲間を返せ、と抗議に行った2人が撃たれて死んだ」と、どうしようもなく理不尽な状況が記されていた。私も「あぁ、今日はどこで何人が撃たれたんだ」と、その数字に伴うはずの感情を失い、虚ろな気持ちでスマホをスクロールし続けている。

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