《ミャンマー軍事クーデター後の惨状》拉致、銃殺、胴体切開による拷問─非道すぎる軍を前に市民が貫いた「非暴力」も無力に…日本の対応は

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日本の友人たちからは「なぜミャンマー軍は自国民にここまで非道なことができるのか」と聞かれる。確かに、ミャンマー人は概して非常に優しく、殺生を嫌って蚊も殺さない仏教徒も多い。なぜ軍は例外なのか。私の知る答えは2つある。

1つめは、軍の思想だ。実はミャンマー軍は、イギリスからの独立以来70年以上、世界で最も長い内戦を戦ってきた。その多くは、自治権を求める少数民族など、自国民との戦いだ。軍は「国の分裂を防ぐ」という大義名分を掲げて、武力によって少数民族の自治を阻止し、国民には「国軍のおかげでミャンマーは1つの国であり続けられる」と自らの存在意義を刷り込んできた。

一方、軍内部では「国家を守るために国軍が行うことは常に正しい」という歪んだ自負心が醸成され、外部からの批判を頑なに拒むメンタリティが培われてきた。その結果、軍政に反対する国民はすべて「国家の安寧を乱す敵」とみなされ、武力弾圧の対象とされていく。つまり軍は、自国民の殺傷さえも愛国心の延長線上のものとして正当化しており、そして実際、そうした行為に慣れていると言える。

もう1つは「洗脳」だ。友人たちはよくこう言う。特に下級兵士の中には、政治のことなど知らない貧しい農民や少数民族が一定数いて、そうした人々にとって国軍兵士になることは魅力的な選択肢なのだという。国軍に入れば、家族を連れて軍の宿舎に移り住み、軍の学校、軍の病院と、すべて「軍製」で完結でき、人生は安泰だからだ。

軍は、兵士や国民に「国軍だけが母、国軍だけが父。血縁のことだけを信じよ」と教え込む。その閉鎖空間の中で、兵士は同胞意識を高め、同質化していく。上官の命令は絶対であり、国民を殺せと言われれば殺す。

勝たなきゃいけないと思うようになった

久しぶりに会った近所のおじさんは「民主主義は勝つ。100%そう信じているよ」と胸を張った。実はクーデター直後、彼に「民主主義は勝つと思う?」と聞いた時、彼は一言「軍は強い」と、悲しそうに答えたのだった。

なぜ考えが変わったのか尋ねると、彼はこう答えた。「勝つかな、負けるかな、じゃなくて、勝たなきゃいけないと思うようになったんだ」

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