《日本人が見たミャンマー軍事クーデター後のリアル》激しさ増すデモと容赦なき弾圧。「どうか無事に」の思いも虚しく、19歳女性が頭を撃たれ…

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
ミャンマーデモ
クーデターから数日、デモが始まった。写真は軍政への抵抗を示す「3本指」をイラスト化した横断幕をつけたトラック。クラクションを響かせて人々の連帯を訴えていた(写真:2021年2月8日、筆者撮影)
2021年2月にミャンマーで軍事クーデターが起きてから、人々は民主主義と自由を奪われた。最初は徹底した非暴力で抵抗を示した市民だったが、無慈悲なことに、軍はそんな市民たちを虐殺し始める──。
当時、国際開発の仕事でヤンゴンに住んでいた西方ちひろさんは、自身が目の当たりにした民主化闘争をリアルタイムでSNSに投稿し、子どもたちの未来のために自由と民主主義を命懸けで取り戻そうとする市民の様子を発信した。初著書『ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか』では、西方さんの投稿を加筆修正し、クーデター後1年間の様子が丁寧にまとめられている。
当たり前に続くと信じていた日常が根底から覆されたとき、人々は何を語り、どう行動したのか。自由や人権を奪われた人々は、何を恐れ、何を信じたのか。今回は、クーデター後にデモが始まってから、弾圧が始まり19歳の女性が撃たれてしまうまでの克明な記録をお伝えする。

デモ開始。3本指とクラクションでつながる市民

2021年2月8日、クーデター後、初めての週末。何かが起きる、と誰もが予感していた。友人は当初「抗議運動はできない」と言っていたが、人々の怒りは膨張し続けており、鍋を叩くだけで終わるはずはなかった。

土曜の朝10時頃、あちこちから情報が入り始めた。「デモが始まった」「ヤンゴン北部から群衆が南下している」「警察の護送車が走っている」いよいよ始まったか。どうか血が流れませんように……。

祈るような気持ちで、さらなる情報を検索しようとしていたとき、突如インターネットが途絶えた。またか! おそらく市民の間で情報が拡散され、運動が拡大するのを、軍が阻止しようとしているのだろう。

こうなると自宅にテレビがない私は、まったく情報にアクセスできなくなる。夕方には電話も使えなくなり、外部との連絡手段は完全に絶たれた。かつての軍政下で、ミャンマーの人々はこうして一方的に、いろんなものを奪われてきたのだ。体験して初めてわかる不条理に、唇を嚙み締める。

次ページ道端で見つけた「不自然な風景」
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事