《日本人が見たミャンマー軍事クーデター後のリアル》激しさ増すデモと容赦なき弾圧。「どうか無事に」の思いも虚しく、19歳女性が頭を撃たれ…
もちろん私の個人的な発信に、日本の政策やメディアを動かす力はない。だが、昨年の新型コロナウイルス流行により、3000人ほどいたとされるミャンマー在留邦人は数百人にまで減っており、さらにクーデターにより駐在員の多くも帰国を命じられるだろう。報道機関の特派員もごくわずかで、現地からの発信は非常に限られている。
だから、なるべく多くの人が発信する必要があった。そして1人でも多くの日本人がミャンマーの現状に関心を持ってくれたら、それが回りまわって日本政府の対ミャンマー政策を、あるべき方向に動かしてくれるかもしれない。圧倒的な支配力をもつ軍を相手に、小さな力を結集させて立ち向かうミャンマー人を見ていたら、私もできることはすべてやろうと思った。
同僚との会話で「軍事独裁」を思い知る
しかしその夜、軍政はある通達を出した。内容は、「国家の安定と治安を混乱させる行為に対し、法的措置をとる」というもの。そしてその直後、ミャンマー北部の一部地域で、突然新しい法令が発表された。
5人以上で集まらないこと。
公共の場で集会を開かないこと。
夜8時以降は、外出しないこと。
つまり、今日みたいに路上に集まってデモをしたら、明日は弾圧しますよ、という意味だ。啞然としているうちに、他の地域でも次々に同じ法令が出され始める。全権が軍に渡るというのは、こういうことか! 全身の血が沸騰する思いがした。昔、社会科で習った「三権分立」の意味を痛感する。
ミャンマー人の仕事仲間に電話をして「明日は全員、出勤するのをやめよう」と確認する。憤りのあまり声を震わせる私に、彼は「I’m sorry」と言った。「こんな時にミャンマーにいるなんて可哀想に。君は日本人で、ミャンマーのために働いているのにね」私をいたわってないで、もっと怒れよ!と思った。
でも、彼だって悔しくないはずがない。以前から彼は、ことあるごとに軍政時代の不自由さや汚職の酷さについて、苦笑まじりに話してくれたのだ。
私は怒りを押し殺して、彼に伝えた。私はミャンマーの事情など何もわからない日本人だ。でも私は民主主義国で生まれ育った。自分たちのことを自分たちで決め、おかしいと思うことにおかしいと言ってきた。だからこれがどんなに異常で憤るべきことか、私にはわかる。
だが、50代の彼は私をなだめるようにこう話した。「僕の人生はほとんどが軍政だった。何度も立ち上がったけど、軍はいつも容赦なく僕らを撃った。僕らの払った税金で武器を買い、僕らを撃つんだ。狂っているよ。でも、それがミャンマー国軍なんだ。今デモが盛り上がっているけど、僕は民衆が軍に勝てるとは、あまり信じられない。奴らは容赦なく撃つと思う」



















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