《日本人が見たミャンマー軍事クーデター後のリアル》激しさ増すデモと容赦なき弾圧。「どうか無事に」の思いも虚しく、19歳女性が頭を撃たれ…

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さらに月曜日、デモはますます膨張した。人々は、朝から仕事を休んで街に出た。仕事仲間からも「今日はとても大事な日! デモに行ってくる!」と気合の入ったメッセージ。自宅の窓からは、風に乗って陽気な音楽やシュプレヒコールが聞こえてくる。大通りでは、ぎっしりと道路を埋め尽くした車が、クラクションや音楽を鳴らしながら、街の中心部を目指してゆっくりと進んでいた。

スーチー氏の解放を求める何種類ものポスターや、3本指をイラスト化した横断幕まである。まるでパレードのような、明るく華やかなエネルギー。これほど多くの国民が、明確に軍政を拒否しているのだ。軍の国家運営などうまくいくはずがない。きっとすぐにまた民主化するだろう。そんな明るい未来が見えた気がして、クーデター以降、心に宿っていた怒りや不安が吹き飛ぶ。

自宅近くの空き地では、A4のプリントをフェンスに貼りつけているおじさんを見かけた。伸びきった髪に、擦り切れて穴のあいたロンジーを穿いた、いわゆる貧困層だ。プリントには、スーチー氏の白黒写真と「アウンサンスーチーを解放せよ」の文字。

私の視線に気がつくと、彼は今貼ったプリントを誇らしげに指さし、歯が抜けた口でニカッと笑ってこう言った。「僕はスーチーさんが好き」

外国の介入頼みの現状…1人でも多くの人が発信を

この日もミャンマーでは、誰も暴動を起こさなかった。ただ軍政への抗議と、拘束された人々の解放を訴えた。私はその様子をフェイスブックに投稿した。日本人の私にできることは、目の前の光景や友人たちの言葉を日本語で発信し、1人でも多くの日本人に伝えることだった。ミャンマーの人々がどれほど必死に、平和的に抵抗しているかを。

なぜなら、この軍事独裁を止めるには、日本をはじめ外国からの圧力や介入が絶対に必要だからだ。軍はクーデター初日に国の全権を掌握しており、その気になれば市民の抵抗を「合法的」に弾圧できてしまう。だが、外国からの監視の目があれば話は別だ。また、諸外国からの厳しい制裁や、国連やASEANによる介入があれば、軍だって譲歩せざるを得なくなるだろう。

こうした外部に頼らざるを得ない状況を、ミャンマー人たちはよく理解していた。だから私によく「日本ではどう報道されてる?」「日本政府は何か言ってる?」などと尋ねてきた。50代の知人は切実にこう訴えた。

「君たち外国人には、ミャンマーの民主主義が守られるようにサポートしてほしいんだ。ミャンマーが暗黒の国に戻ってしまう前に。私たちは1日たりとも、いや、1時間たりとも、軍に支配されたくないんだよ」

次ページその夜、軍政が出した「ある通達」
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