《日本人が見たミャンマー軍事クーデター後のリアル》激しさ増すデモと容赦なき弾圧。「どうか無事に」の思いも虚しく、19歳女性が頭を撃たれ…
夜には、引き金を引いた警官が特定された。「人殺し」というフレーム付きの写真がSNSで拡散される。警官の個人情報や家族も特定され「こいつだ」と示される。増殖する憎悪。嫌な流れになってきたな、と思う反面、自業自得だ、とも思う。銃殺されることに比べたら、自分や家族の写真を晒されるくらい何だというのだ。
だが、日本人の友人にこう諭された。「家族には、少なくとも子どもには罪はないはず」ハッとした。私も不安と憎しみに駆られ、冷静さを欠いている。
軍の“不審な動き”が続く
軍は、見えないところでもぬるりと動いている。2月9日の夜9時半頃、軍はNLD党本部に侵入し、書類などを押収した。軍政はすでにスーチー氏を無線機の違法輸入などの微罪で起訴しているが、今後さらに長期拘束するために、微々たる法律違反を探すのだろう。
軍が目指すのはおそらく、スーチー氏への有罪判決、そしてNLDの解党だ。総選挙で8割以上の議席を獲得したNLDが消滅すれば、次の選挙こそ軍の翼賛政党が返り咲くと、彼らは信じているのかもしれない。
2月11日には、刑務所に入っていた2万3000人もの囚人が「恩赦」を受けた。これで刑務所には、新たな逮捕者の受け入れ準備が整ったことになる。そして、信じがたいことだが、恩赦を受けた囚人たちは薬物を打たれて街に放たれ、各地で放火や家宅侵入などを繰り返しているという。
フェイスブックに投稿された動画では、住民らに取り押さえられ、刃物を取り上げられた元囚人が、虚ろな目で何か話している。確かに薬物で朦朧としているように見える。コメント欄には「軍の挑発だ。彼らに暴力を振るっちゃいけない」などの言葉が並ぶ。
法治国家日本で育った私は当初、さすがの軍もそこまで陰湿な犯罪はしないのでは、と疑った。だが実は、以前の軍政期にも全く同じことが繰り返されてきたらしい。たとえば1988年の民主化運動の際には、こんなことがあったという。
整然としたデモが行われる一方で、刑務所から8000人以上の囚人が釈放された。市民は地区ごとに自警団を組織し、竹柵をめぐらせて見張りを置いた。政府から送り込まれた「破壊分子」は、デモ隊のために路上に置かれた水甕に毒を入れたり、一般の住宅に放火しようとしたりした。
ヤンゴンでは、こうした「破壊分子」のうち50名ほどが市民のリンチや処刑によって命を奪われた。そうした行為に対して、国軍は治安維持のため、武力での支配を正当化した。(永井浩ほか編著『「アウンサンスーチー政権」のミャンマー』〔明石書店〕より筆者要約)
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