実のところ独裁者になるということは、降りられないランニングマシンの上で走り続けるようなものなのだ。彼らはその立場上、「穏やかに辞任する」という出口戦略を持ちえず、常に脅威にさらされている。
独裁者は自らを支える側近たちを飼い慣らさなければならない。そして、彼らの非道な行動の背後には、裏切りや暗殺、叛乱への恐怖がある。
今回、政権のパワーゲームという視点で独裁制を読み解く『独裁者の倒し方:暴君たちの実は危うい権力構造』より、一部抜粋・編集のうえ、お届けする。
「独裁者のジレンマ」
独裁者の周囲のエリートたちは、政党の幹部であろうと、将軍であろうと、寡頭制の支持者であろうと、独裁者の願望の実現を後押しすることも、あるいは妨げることもできる。
エリートの多くが、独裁者の支配の継続は自らに利すると信じているというのが、独裁者にとっては最善の筋書きだ。その筋書きどおりの場合には、エリートは独裁者の支配に黙従するだけでなく、混迷の時期には支えともなる。
だが、真の選挙母体〔訳注 誰が権力の座にとどまるかを実際に決める人々から成るグループ〕のうち、かなりの割合が、自ら権力を獲得したいため、あるいは別の指導者の下でのほうが自分の利益になると信じているため、独裁者の失脚を望んでいるというほうが、筋書きとしては可能性が高く、独裁者はみな、その筋書きを恐れずにはいられない。
独裁者にとって、真の選挙母体と国家全体を思いどおりに動かすのは至難の業であり、それは独裁政権が部外者にとってだけではなく独裁者本人にとっても、恐ろしく不可解だからだ。これは、「独裁者のジレンマ」として知られている。



















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