自分の考えたことと比較しながら、あるいは、組み合わせながら、最善の道を見つける。そうすることによって、松下さんは、松下電器産業の経営において最善の道を歩むことができたわけです。自分が無学であったのは、幸運であった。無学だから、多くの人に尋ね、教えを請うことができた。そして、ついには、自分が凡人であったから成功を収めることができたのだと、折あるごとに、語るようになります。
衆知経営とは、多くの人に尋ね、聞きながら、あるいは、日頃から、そのような心掛けをもって経営を進めること。それが経営成功への道であるという、いわば、松下さんの実践的、経験的手法といえると思います。
特に松下さんは、社員に、部下に、よくものを尋ねました。「あんた、どない思うねん」「君の考えはどうかなあ」「わしはこう思うんやけど、あんた、感想を聞かせてくれや」などなど。この部下にものを尋ねる松下さんの衆知経営の効果は絶大で、経営がうまくいくだけでなく、人材育成にもつながりました。
松下さんの問いかけによって、社員が日頃から勉強する、自己啓発するようになったからです。あるいは、松下さんから尋ねられることで、松下さんが自分を頼りにしてくれていると社員は思う。思いを感じれば、よし、この人のために頑張ってやろうとやる気を出す。そういう効果を実感した松下さんは、いよいよ衆知経営を徹底し、確立していくことになるのです。
「採用しない=無視」ではない
冒頭の社長さんからの質問に戻ります。確かに、社長が社員に尋ね、社員が答えても、その意見をそのまま採用できるということは、私の経験からもほとんどありません。しかし、たくさんの意見を組み合わせ、あるいは止揚させて、よりよい回答を出せるということが大事なのです。一人ひとりの意見、助言がそのまま生かされていなくても、社長の決断のなかに織り込まれていることもあるわけです。
そのままの形で採用しなかったからといって無視したわけではないのです。そのことを、社長は、決断するときに社員に対してきちんと話をすることが重要です。「君たちの助言、意見を大いに参考にさせてもらった。そのままではないが、私の、この決断は、君たちの意見、助言が前提になっている。ありがとう」とひと言、言わなければならないのです。
それを言わないから、「なんだ、なにも俺たちの言うことは聞いてくれていない。もう、言うのはやめよう」ということになってしまうのです。たったひと言ですが、それが社員に満足感を与え、社員の「自己向上」と「やる気」を引き出すことにつながるのです。
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