総菜パンは世界に誇れる立派な「日本食」だ

位置づけ的にはラーメンやカレーと一緒

1つの文化が入ってきて現地化し、定着するには時間を要する。とんかつは明治期に生まれた頃は洋食店で出されていたが、いまやとんかつ店でご飯やみそ汁と共に出されるので、和食になったといえるだろう。ラーメンやカレーは、2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録された際、「和食に入るのか」と疑問を出されたほどなので、まだ日本食だ。

菓子パン、総菜パンなどの「日本パン」は現在、「日本食」に入ると考えられる。なにしろ「日本パン」の多くは、西洋人にとっては異文化そのものだからだ。以前、日本在住の西洋人たちに取材をしたことがあるが、彼らはあんパンを「砂糖で味付けした豆をパンに入れている」と驚き、カレーパンを「菓子パンだと思ったら辛いのでびっくりした」と話していた。

西洋人の常識を覆すパンの数々

また、『「食」の図書館 サンドイッチの歴史』(原書房)では、著者のビー・ウィルソンが「日本の『パン屋』では、スパゲッティからカレーまで具にした常識を覆すような種類のサンドイッチを出している」と書いている。その文章の続きに、翻訳の月谷真紀が注釈で、「著者は菓子パンや総菜パンをサンドイッチの1種としてとらえている」と付け加えている。
そもそも、これらの「日本パン」は日本人に食べさせるために、日本人が考案したものである。発祥は外国だが日本人が食べやすいよう手が加えられ、定番化したという意味で、とんかつやカレー、ラーメンと同じなのだ。

あんパンは銀座木村屋の2代目、木村英三郎がまんじゅうをヒントに考案したもの。1875(明治8)年4月、明治天皇に献上したことで人気が出て、やがて定着した。木村があんパンを発明できたのは、明治維新で父の安兵衛が武士の職を失い、銀座で開業したものの、パンがなかなか売れず後がなかったからである。日本人にとってパンは、どうやって食べたらいいかもわからない未知の食べものだった。そして銀座はまだ寂しい場所で、西洋人が来るような町でもなかったのだ。パンに具材をくるむという新しい発想は、その後の「日本パン」隆盛へとつながっていく。

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