実際には、失業率の低下余地が十分存在するなど余剰経済資源がある中で、金融緩和による総需要押し上げ効果はある。つまり、金融緩和や財政政策で総需要が増えるので、新規雇用が生まれる。そして、「供給>需要」の状態を解消する過程で、政府・日本銀行が目標とする2%インフレ安定に向かう。以上の見方を筆者は変えることはなかったが、これはベーシックな経済理論が導くメカニズムにすぎない。
黒田東彦総裁率いる現在の日銀執行部の多数派も、筆者と同様の考えを持っていたと思われる。だからこそ、消費増税・ドル安・原油安などの障害を乗り越えて、時には試行錯誤しながら目標実現のための金融緩和強化を粘り強く続けた。その成果が、失業率がデフレ前と同水準に低下、デフレ期待収束などの正常化が実現しつつある。
また、金融緩和政策によって、雇用を生み出し社会を安定化させることは、先進国における経済運営の常識だろう。日本のメディアでは、いまだに金融政策について一面的な論評が目立つ。ただ、安倍政権が経済の常識を理解し経済政策運営を続けてきたことが、依然として高い支持率を支える最大の要因だと、投資家目線で筆者は認識している。
失業率低下をうけて、「人手不足に企業が苦慮している」という話が最近メディアで増えている。ただこの話は、2014年くらいから言われ始めていた。当時は失業率が3.5%まで低下した段階であったが、2014年のコラム「人手不足の何が問題なのか?」では、当時のメディアの伝え方に違和感を覚え、「アベノミクス発動から1年が経過し、ようやくそうした異常な状況が解消しつつある。ただ正常な状況に近づいているだけなのに、人手不足が日本経済にとって極めて大きな問題であるかのように、一部の大手メディアは伝えている」「長期間デフレが続いてきた日本経済にとって、人手不足が成長の抑制要因になる局面は、まだかなり先のことだろう」と論じた。
黒田総裁が目指す「2%インフレの実現」が近づく
失業率がその後も低下し続けていることを踏まえれば、この筆者の認識は妥当だったといえるだろう。また、多くの民間エコノミストや経済学者は、3.5%程度の失業率は完全雇用状況であり、それゆえ金融緩和など総需要刺激政策の弊害が大きい、など意見していた。ただ、彼らの多くは、完全雇用の失業率の水準の判断を大きく間違えていたのだろう。
なお、経済が正常化を実現した局面での「構造失業率」が3%台にあるという議論に妥当性が乏しいことは、2016年12月に出版された『アベノミクスは進化する』(中央経済社)で片岡剛士氏が執筆した第11章において詳しく解説されている。原田泰日銀審議委員は就任直後に、失業率は2%台まで低下する余地が大きいことに言及したが、精緻な分析に基づく認識が背景にあったということだろう。
日本銀行の複数のメンバーは「3%台の失業率がほぼ完全雇用」という判断を示してきた。ただ、2%台の失業率が定着することで、今後ようやく賃金上昇が始まると予想される。であれば3%台の失業率についての認識は今後変わっていくだろう。そして、今後賃金上昇が始まることは、黒田日銀総裁が目指す「2%インフレの実現」が近づくことを意味する。
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