「日本人こそ主役」が日本が守ってきた精神だ 松下幸之助が語った「日本の伝統精神」

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それは、すなわち、日本の天皇さんの、また日本と日本人の伝統精神の表れでもあるわけや。明治になるやろ。それで日本は独立を保ち、国を発展させていくには、近代化をしなくてはならんということで、「文明開化」とか「殖産興業」とか「富国強兵」といった国是を掲げ、いわゆる官民一体となってそれにあたったわな。そして、そのためには進んだ西洋の知識を、政治、経済、あるいは社会のあらゆる面で導入することが必要であると考え、積極的にいろいろなものを取り入れた。

けど、その際にも、やはり日本人としての主座はしっかりと保っておるわけや。当時「和魂洋才」ということが言われたそうやけど、それも、日本人としての魂、言い換えれば、伝統の精神は堅持しよう、堅持しながら、進んだ西洋の知識や技術を取り入れ、身に付けようとしたんやろうな。
だから、外国人を招いてさまざまな場で、相当な待遇で働いてもらっておるけど、それは、あくまでも優れた技術とか知識を出してもらうだけで、決して精神まで教えてもらおうとはしとらんのや。

主人公は、あくまで日本人

つまり、主人公は、あくまで日本人であって、主人公の立場で対応しておる。優れた知識や技術に対しては、丁重に礼を尽くしつつも、日本人としての心を堅持していたわけで、決して外国人の言いなりになっておったわけではないのやな。

そういうようにして、いろいろな形で欧米諸国の進んだ文物を取り入れ、それによって政治の制度や法律を整え、教育文化を高め、産業を振興し、軍備を充実させたりして、日本を発展させた結果、いわばチョンマゲを切り、刀を捨てて、僅(わず)か45年という短い間に、アッという間に、当時の世界の5大強国のひとつと言われるまでになったんやな。

明治維新当時のアジアにおいては、多くの国が欧米列強の植民地となってしまったわな。そのなかにあって、ひとり日本だけがそういう姿に陥らずにすんだということは、日本の地理的条件とか、あるいは欧米よりは遅れていたとは言え、なお当時の日本がアジアのなかで、相当に進んだものを持っていたというような、そういういろいろな理由があるやろうけどな、しかし、その根本になるものは、日本人としての主座というものを堅持し、自主独立の国家経営を行っていくという伝統精神を、当時の指導者なり一般の国民が、意識するとしないとにかかわらず、持っておったからではないやろうか。わしはそう思うんや。

二千数百年の歴史を通じて、日本人が一から作り出した、固有の文化というものは、極めて少ないという人もいるかもしれん。確かに、われわれの衣食住に関するような日常的なものから、政治や社会の仕組み、産業のやり方、宗教や思想、いろいろな芸術などは、たいていが外国から入ってきたものばかりだと言えなくもない。

けどな、それにもかかわらず、そのすべてを生かし、そこに独自の日本文化というものを創り上げ、しかも最近になって、それが非常に外国の注目を集めている面もあるわな。禅とか茶道とか華道とかな、柔道もそうやね、剣道も。

まあ、日本人は、特に主座を保つというか、自分を堅持するというところがあって、それが日本の伝統精神のひとつであると言えるように、わしは思うんや。

ただ、こういう伝統精神を、今の経営者や政治家が、しっかり堅持しているか。わしは、どうも希薄になっておるのではないかと。気にはなっておるけどね。

江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問

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えぐち かつひこ / Katsuhiko Eguchi

1940年名古屋市生まれ。愛知県立瑞陵高校、慶應義塾大学法学部政治学科卒。政治学士、経済博士(中央大学)。参議院議員、PHP総合研究所社長、松下電器産業株式会社理事、内閣官房道州制ビジョン懇談会座長など歴任。著書多数。故・松下幸之助氏の直弟子とも側近とも言われている。23年間、ほとんど毎日、毎晩、松下氏と語り合い、直接、指導を受けた松下幸之助思想の伝承者であり、継承者。松下氏の言葉を伝えるだけでなく、その心を伝える講演、著作は定評がある。現在も講演に執筆に精力的に活動。

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