犯罪者の逮捕歴をネットから削除すべきか? グーグルが直面した、「忘れられる権利」

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そのうえで検索結果の提供は、現代社会でインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしていることから、その削除を命ずることは、表現行為の制約となるとともに、その役割に対する制約ともなるとも指摘した。検索結果の削除命令は、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に限られる、としたのである。削除できるのは限定的ということだ。

そして、それを判断するにあたっては、当該事実の性質や内容、情報の伝達範囲と被検索者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、検索結果に表示される記事の目的や意義、記事が掲載されたときの社会的状況とその後の変化、記事に事実を掲載する必要性などの諸事情が比較衡量されるとした。

最高裁は「児童買春容疑の逮捕事実は公共の利害に関する」ことと判断した(写真:アフロ)

本件では、児童買春容疑での逮捕の事実は、他人にみだりに知られたくないプライバシーに属するが、児童買春が児童に対する性的搾取や性的虐待と位置付けられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関することである、と述べた。男性がその後一定期間、犯罪を犯していないことなどの事情を考慮しても、逮捕事実を公表されない法的利益が上回るとは言えないとし、削除命令を取り消した高裁決定を正当としたのである。

欧州では削除を「適法」と認めたが・・・

地裁と高裁が「忘れられる権利」に言及し、判断が分かれたことから、最高裁の判断が特に注目されたのだが、一方で、最高裁が忘れられる権利に触れることはなかった。

わが国で「忘れられる権利」が最初に耳目をひくところとなったのは、2014年のEU(欧州連合)司法裁判所による裁定だ。同事件で、私人のネット上の過去のマイナス情報を掲載するサイトにおいて、グーグルの検索結果に対する削除命令の可否が判断された。そのサイトは、検索される者について、社会保険料徴収のために差し押さえ・不動産競売手続きが行われるとの公告を載せた、16年前のスペインの有力新聞である。その際に裁判所は、EU基本権憲章や個人データ保護指令に基づき、削除命令は適法であるとの裁定を下している。

従来の日本においては、私人について事実の提示が法的責任を生じるかどうかは、もっぱら、公表される事実や内容それ自体が名誉毀損やプライバシー侵害にあたるかという枠組みで、判断されてきた。しかし、「忘れられる権利」の議論は、そうした枠組みに収まらない問題を含む。EUの事件では、記事を掲載するリンク先のサイト自体は適法とされ、その削除はEU司法裁判所の裁定の対象となっていない。もし、日本で同様の事案が争われたとして、これまでの判断の枠組みなら、検索事業に対して削除請求を認める結論を導くのは難しいように思われる(こうした場合、そもそも削除請求権が認められるべきか否かは、別問題である)。

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