隈研吾も参入!建築界「屋台ブーム」の舞台裏

街を「人間の居場所」にするために必要なこと

なるほど、リアリティ、現実に向かい合う手段、あるいは人とかかわるきっかけ、そして新しい公共づくり。そうしたことが屋台ブームの背景にあるようだ。

そういえば、昨年多摩ニュータウンの視察に行ったとき案内してくださったのがニュータウンを設計した都市計画家の方だったのだが、彼が多摩センター駅前のニュータウン大通りに屋台を並べたいと言っていたのを思い出した。私も以前から、あの人工的な場所を“人間のいる場所”にするには、日曜日だけでも、月1回、土曜の夜だけでもいいから、屋台を出すことだとずっと思っていた。ニュータウンを設計した人自身がそうおっしゃっているのを聞いて、私はとても安堵した。

本連載では、過去2回、闇市、遊郭をテーマにしてきた。いずれもとてもリアルな場所だ。闇市などでは、まさに地面にひっついて、はいつくばって、人間が必死に生きていた。そういう場所が今、若い世代を引きつける。

屋台は「人間の都市の権利」を復権させる道具

いや、1970年代にも屋台に注目した建築家がいた。望月照彦だ。大学の建築科を卒業し、ゼネコン設計部に入社したが、違和感を抱いて退社。フリーの都市建築評論家として、屋台を調べ、新宿、渋谷、池袋、銀座、浅草などの街も調べて文章を書いた。

屋台は「人間の都市の権利を復権させる場を獲得する有力な道具」であり、屋台という「生活維持のための最小限の装置を持つこと」は「都市ゲリラ的存在にとって有力な武器」だと望月は言う。屋台によって道路は広場となり、「そこに迷路をつくり、スラムをつくり、ゲットーをつくる。クリアランスでもなく、リニューアルでもない逆の可能性、最もインティメートな(親密な)空間をつくる可能性——それを屋台は持っている」(望月照彦「屋台の都市学的考察」『マチノロジー 街の文化学』所収 1977年 創世記。初出は雑誌『都市住宅』1970年8月号)。

これは、なんと47年も前の論文だ。時代は再びめぐって屋台の時代が来たのか。

私は、「パーソナル屋台」の田中さんに聞いた。

「屋台の次は何をやりたい?」
 「野点!(のだて。※戸外で行う茶会のこと)」
と即答。「もっと地面に近くなる。もっと原点回帰」

床屋の床とは、使わないときは畳んでおいて、使うときに開いて使うものを意味する。布団を畳んだり敷いたりするのが寝床。だから、床屋は正しくは髪結床。人の住む固定した店を持たずに、河原や街中(辻)などにゴザを敷いたりして床店(とこみせ=仮店舗、出店)をつくって髪を結った。店を廃業することを「店を畳む」というのは床店時代の名残ではないか。

占い師、人相見、物売り、飲食店なども床店を出した。そのとき河原や街が広場になった。西洋の広場のように計画的につくられたものではなく、都市の中のそういう流動的な場所が日本的な広場だという説がある(都市デザイン研究体編著『復刻版日本の広場』2009年 彰国社)。

ところが都市が近代化すると、河原はカミソリ護岸となり、辻は自動車交通が優先され、人が集まれなくなった。それにより広場が消え、役所が管理する公園がつくられた。しかし公園は禁止事項だらけで使いにくい。

屋台ブームは、そうした時代が変わろうとしていることを示している。人々は、公園や空き地を広場として使おうとし始めた。人口が減り、空いた土地に、屋台と床店が並んでいる。そんな時代が来るかもしれない。

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