パート主婦「130万円の壁」の解消策とは? 配偶者控除の次は社会保険が焦点に

拡大
縮小

では、適用拡大の年収要件は今後、どの水準まで下がっていくのだろうか。すべてのパート労働者を対象にしたらどうかと考えるかもしれないが、考慮すべきハードルもある。保険料と給付が定額である国民年金の存在だ。

実は現在適用拡大途上の年収106万円は月額にして約8.8万円で、これに厚生年金保険料率をかけると約1万6000円と国民年金保険料とほぼ同額になる。一方で将来の年金給付は、国民年金と同じ基礎年金に加え、若干の報酬比例年金が付加される。このため、保険料は同じなのに厚生年金のほうが給付が多いという状況になっている(実際に労働者が直接払う保険料は労使折半により約8000円)。

厚労省が2014年に行った公的年金財政検証では、一段の適用拡大要件の例として、年収70万円(月額5.8万円)を挙げている。ただこの場合でも報酬比例年金が付くため、ここではさらに「国民年金より保険料が少ないのに給付は多い」という状況になる。今後一段と適用拡大を行う際の政策議論では、国民年金との整合性を重視する立場からは、異論が出る可能性がある。

非正規のセーフティネットの観点から議論を

もっとも厚生年金は国民年金とは別々の勘定で運営されているうえ、一律定額の国民年金に対して、所得能力に応じて保険料を支払う(応能負担という)厚生年金は再分配のメカニズムが違うとの指摘もある。将来的には年収70万円などへの要件引き下げが実施される可能性も低くない。ただいずれにしろ、負担と給付のバランスなどを考えれば、適用拡大の年収要件をどこまでも無制限に切り下げていくというわけにもいかないのも事実だ。

つまり、将来的にも「〇〇万円の壁」といった形で逆転現象は残り続けるだろう。ただそのこと自体がどこまで悪いことかも考えるべきだ。確かに「働き方に中立な制度」は一つの価値観だが、国民の生活保障を行う社会保険制度の存在はそれよりもっと根本にある価値観と言っていいだろう。非正規労働者のセーフティネット強化とパート主婦の就業調整緩和のために、適用拡大の範囲はどこまで可能なのか、合意形成を図るべきだ。

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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