20世紀、薬が進歩して多くの病気を治せるようになったが、その多くが対症療法。外科的手術は根本治療だが、悪いところを取ったらその部分の機能が失われてしまう。機能を残せる臓器移植は、誰にでも受けられる治療ではない。数億円という高額な手術代、ドナー問題、拒絶反応を抑えるための薬代など、多くのハードルがあるからだ。
「これからは大勢の患者に対して、(その臓器の)機能を残しながら、根本治療をしなければならない。それができるのが再生医療です」
岡野教授は力を込める。
細胞シートの驚くべき実績を振り返ろう。2004年、「細胞シートで4人の患者の角膜を再生した」というニュースが世界の医療現場を駆け巡った。目のやけどや薬の副作用などで目の角膜上皮の幹細胞を失い、白目が黒目に入り込んで濁ってしまう病気の人がいる。
その人の口の粘膜の細胞をゴマ粒ほどの大きさだけ取って培養し、細胞シートを作って、濁った部分の代わりに貼り付ける。すると、角膜移植をすることなくして、きれいな角膜が再生されたのである。
2006年には、脚の筋肉から取った細胞をシートにし、心臓の表面に貼ることで、心筋が薄くなってしまう拡張型心筋症の患者の治療に成功した。大人の心筋細胞はもう増やせないので、従来は心臓移植以外に手の打ちようがなかった病気だ。
細胞シートのおかげで、数カ月の入院が必要だった食道がんの手術患者も、たった数日で治ってしまう。内視鏡で表面のがんをぐるりと取り除くと狭窄(すぼまって狭いこと)で縮んでしまうため、通常は首、胸、腹の3カ所を切り、胃を持ち上げて縫い合わせていた。だが、がんを切り取った部分に口の粘膜細胞から作った細胞シートを貼り付けておくと、狭窄も起きず、驚くほどすんなり治る。これまでに10人の患者がこの新療法を受けた。
このほかに皮膚のやけどの治療や、歯根膜から作った細胞シートで歯が抜けないようにする歯根骨の再生もすでに実現している。肝臓、すい臓、中耳の治療に向けても研究が急ピッチで進み、臨床応用の準備に入っている。
流出する細胞をせき止めよ
岡野教授が細胞シートを開発したのは1990年。当時、細胞を大量に増やす技術はできていたが、増やした細胞はほとんど治療に使えていなかった。細胞を心臓などに注射しても95%以上がどこかに流れてしまい、1~5%の生着した細胞で治癒効果があるものに望みを託すという心細い手段でしかなかったためだ。
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