宇宙への夢を見失い、取り戻したMIT時代 理由もなく涙が流れ、「宇宙をやるんだ」と決めた

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「情熱こそ人間のすべてである」

そうして、僕は夢と目標を取り戻した。目指す場所が見つかったことにより、日々の研究に情熱を注ぐ力が湧いてきた。僕は頑張った。このときの頑張りがなければ、その後に慶応やNASA JPLで仕事を取ることは到底不可能だっただろうし、MITの博士課程を卒業することすらできなかったかもしれない。

夢を持て、と人は言う。もちろん、夢なんて持たなくても生きることはできる。でもあのときの僕は活きていなかった。今は活きている。活きているという実感がある。そして僕が生きるのは、活きるためなのだ。

あのときに感じていた疑問-宇宙開発に大枚を投じることは正しいのか、という疑問に対して、今の僕は明瞭に肯定的な答えを与えることができる。長くなるのでそれを語るのは次回の記事にしよう。おそらくその答えは、すべての人を納得させるものではないだろう。幼い夢だと笑われるかもしれない。しょせんは宇宙開発なんて科学者と技術者の自己満足だ、と言われるかもしれない。

だが、今の僕は、人からどう思われようと、もう決してブレない自信がある。たとえそれを幼いと言われたって知ったことか。つまらない大人になるよりも、僕は一生、目を輝かせた子供のままでいたい。自己満足と人が笑おうと、それが何だ。たった一度きりの僕の人生だ。どうせ最後は死ぬのならば、自分の好きなことを徹底的にやって、心から満足して死んでやろうじゃないか。

「情熱こそ人間のすべてである」とはバルザックの言葉だ。映画監督の大島渚は、「人生というものは、どのくらい無我夢中の時間を過ごせるか、で決まる」と言った。僕はきっと、情熱を押し殺し、無我夢中になれない仕事をしたって、何も成すことのできない人間だ。何かに情熱を賭け、無我夢中になってこそ、はじめて活きられる人間なのだ。きっとこれは僕だけではあるまい。どんな人だって、あなただって、多かれ少なかれ、そうなのではなかろうか。

2つの夢

「夢は何か?」と聞かれたとき、今の僕は2つの答えを返す。大きい夢と、小さい夢だ。

大きいほうの夢は、宇宙開発の歴史にマサヒロ・オノの名を残すことだ。

そして小さいほうの夢。もしかしたら、こちらのほうが人生の充足という意味では重要なのかもしれない。それは、将来、自分の息子をワシントンDCのスミソニアン航空宇宙博物館に連れて行って、その展示物のひとつを指差し、「あれがお父さんの作った宇宙船なんだぞ」と、誇らしげに語ることである。

西の空に消えていったシャトルを追うように、東の空から朝日が昇ってきた

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当連載の筆者である小野雅裕氏のセミナーを、4月22日(月)の19時より六本木のアカデミーヒルズで開催いたします。ぜひ皆様、奮ってお申し込みください。詳細はこちら

小野 雅裕 NASAジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)技術者

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おの まさひろ

1982年大阪府生まれ。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程修了。2012年より慶應義塾大学理工学部助教。2013年より現職。火星ローバー・パーサヴィアランスの自動運転ソフトウェアの開発や地上管制に携わるほか、将来の宇宙探査機の自律化に向けたさまざまな研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。

ブログ: onomasahiro.net/
Twitter: @masahiro_ono

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