徳川家康は「日本人に嫌われる性格」の典型だ

「スゴい成功者」なのに…理由は4つあります

家康が「成功者」でありながら嫌われる理由は、整理すると次の4つでしょうか。

なぜ家康は嫌われる?

【理由1】「華々しさ」も「潔さ」もない

家康には、私たち日本人が好む「ヒーロー」の要素がありません。

源義経や織田信長、真田幸村など日本人が好きな武将には、「戦場で華々しく活躍する英雄」としての姿や、逆に「志半ばで潔く散っていく悲劇の英雄」としての姿があります。また豊臣秀吉には、「農民の子から天下人へ大出世した」という物語があります。

これに対して家康は、武田信玄に惨敗した「三方ヶ原の戦い」では命からがら逃げる途中、馬上で「お漏らし」しながらもしぶとく生き長らえました。また、「権力者」である秀吉に勝てないと悟ると、すぐさま屈服し、関東への転封を命じられると、意地やプライドはあっさり捨てて受け入れてしまいます。

日本人が好む「華々しく活躍する英雄」あるいは「潔く散る悲劇の英雄」、そのどちらの姿がないのも、家康が日本人に好かれない一因でしょう。

【理由2】「義理」を重んじない「薄情さ」

日本人の大好きな「絆」も、家康にとってはしょせん、出世のための「ツール」にすぎません。

まだ三河の小大名だったころは隣国の今川義元に従属していましたが、「桶狭間の戦い」で織田信長が義元を破ると、今川を見限って織田と同盟を結びます。

その信長が「本能寺の変」に倒れると今度は豊臣秀吉に従いますが、秀吉が病で死去するや豊臣家をないがしろにし、ついには「大坂の陣」で豊臣家を滅亡へと追いやります。

こういう「義理」に薄い、「人情」を大切にしない「薄情さ」が、日本人に嫌われる要因でしょう。

【理由3】「タヌキおやじ」と呼ばれる「ズル賢さ」

彼の政治手腕は、「タヌキおやじ」と陰で称されるほど「狡猾」です。

三河の大名時代、領内での一向一揆に手を焼いていた彼は、いったん一揆側と和睦を結び、彼らを解散させます。しかし、一揆側が解散するや否や、途端に手のひらを返して、武力で一揆側を弾圧しました。

後の「大坂の陣」でも、最初の「冬の陣」で豊臣秀頼と表面的には和睦しながらも、その陰で大坂城の総堀を埋め、翌年の「夏の陣」では豊臣家を滅ぼすというやり方も「狡猾」そのものです。そういう「ズル賢さ」「狡猾さ」が、家康が嫌われる一因でしょう。

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