日本人が知らない「自由」の意外な正体とは?

資本主義社会が抱える不都合な真実

宇野:本書では、研究者の「プロレタリアート」化についても懸念されていましたね。思い当たるのは、短い期間に成果を出すことを求められている研究者たちの姿です。本来の目的からちょっと離れた周縁的なテーマを論じる余裕もありません。でも、本当は「何の役に立つのか」を問わない自由な議論の中で、新たなアイディアが生まれてくるのではないかと思います。

「独立自尊」が自由を守る

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猪木:外国の大学には、だいたいコモンルームみたいなスペースがあって、そこで様々な分野の研究者たちがコーヒーを飲みながら自由に談笑している。半分くらいは噂話か人の悪口なんだけど(笑)、それでも異分野の研究の話などを聞いていると、単に耳学問が深まるだけではなく、たまに自分の研究に関することで「ああ、そうか」と気づかされることもあります。

宇野:関西の大学には、まだそういう余裕が多少残っていますね。先日、京都のとある人文系の研究会に行ったら、いつの間にかゆるりと始まって、いつ終わるのかわからないまま、気づくと飲み会になっていた(笑)。で、みんなずっと人の悪口を言っているんですけど、意外と苦にならない。単なる嫉妬や憎悪ではなく、そこにユーモアや批評精神があり、「芸」になっているからだと思います。

猪木:天皇が京都だった頃は、常に権力が近くにあったので、直接的な悪口がいいにくい環境だった。だから技巧をこらしたレトリックが発達した(笑)。今は権力の中心となった東京がそうでしょうか。

宇野:学問や文化は、あまり素直だったり、理想主義が過ぎると発達しない。どこか意地悪さや批評性、ある種のセンスが必要なのですが、京都にはそれらが渾然一体となった言語文化がある。

猪木:井上章一さんの『京都ぎらい』なんて、まさにその典型(笑)。

宇野:確かに(笑)。そこには微妙な差別や偏見、権威主義も入っているんだけど、同時に権威をからかう姿勢、付和雷同しない精神もある。「周囲が何と言おうと、オレはこう思う」「なぜだ?」というところから有意義な議論が始まります。それなのに、学会ではたまに「これは○○大学の××先生の定説です」「海外の有名ジャーナルにはこう書いてあります」と〈権威〉を使って議論を打ち切ろうとする人がいて閉口します。

猪木:本来、社会が経済的、精神的に成熟してくると権威主義は弱まってくるものです。どの大学が一番いいとか、どの新聞が一番いいとかいう表層的な価値観が後退し、個々人の鑑識眼、判断力がものを言うようになる。それが成熟であり、福沢諭吉の言う「独立自尊」です。ところが日本では官庁や大学、ジャーナリズムにいる人でも権威主義が強い。未だに外国からの評価を第一の基準にする。何を言えば喜ばれるかを忖度(そんたく)しながら発言する。もう少し自由な自己本位の精神を持つ方が良い。特に大学には、そういう自由の風土が残っていなければならないと思います。

宇野:本書では、福沢諭吉の存在感も大きいですね。福沢は日本の「権力の偏重」を批判しました。ヨーロッパの場合は、宗教と政治が常に対立することによって、複数の価値観や考え方が競合し、共存していく。ところが、日本では政治も経済も文化も、権力の下にある一つの土俵に上がってしまう。そうなると、いかにその中で多数派になるか、いかに権力に近い場所を確保するかしか考えなくなる。大学までもがそのような価値基準しか持てなくなると、もう逃げ場所がない。

猪木:実利や権力から離れ、自由に価値を追究し非定型な判断のできる人材を育てないと、非日常的な危機に対応する能力が社会から失われてしまいます。

宇野:今の日本はものさしが単純化し、「長いものには巻かれろ」とばかりに社会が一つの方向に向かってしまう危険がある。それを防ぐためにも、リベラルアーツ、人文社会系の学問の擁護が必要だという猪木先生の問題意識がひしひしと伝わってくる本でした。

猪木:ていねいに読んでくださって、著者冥利に尽きます。ありがとうございます。

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