日本人が知らない「自由」の意外な正体とは?

資本主義社会が抱える不都合な真実

宇野:オーウェルは『1984』のイメージが強いので「管理社会批判の作家」と捉えられがちですが、他の短編やエッセイを読んでみると、本当はもっと複雑で面白い人だと気づかされます。

猪木:ジャーナリストとしても、思い込みの机上の空論ではなく、常に言行一致している。観念論的な自由ではなく、まさに生きた思想として自由を語っている。とても魅力的な人間です。

宇野:パブリックスクールを出たエリートなのに、ビルマで植民地管理の小役人をしたり、フランスのホテルで皿洗いをしたり、スペイン内戦で社会主義者と共に戦ったり、常に帝国主義の負の側面と向き合ってきながら、なお祖国に対するアンビバレントな感情を語る……猪木先生はオーウェルのような、矛盾を抱えた、本書に出てくる言葉を使えば楕円構造的な思考を持つ人がお好きですよね。

猪木:矛盾を抱えていない人間は面白くない。影のない人間も面白くない。だからユートピア思想などにはあまり魅力を感じません(笑)。

フランス文学に現れた自由

宇野:本の中でも、ニコラ・ド・コンドルセのようなフランスの進歩主義者を、かなり否定的に書かれていましたね。

猪木:経済学説史で、マルサスがコンドルセを痛烈に批判していたのが印象に残っていたもので……。コンドルセは「投票のパラドックス」で知られる数理の天才ですが、一方で合理的な教育を施せば誰でも同じように立派で優秀な人間に育つと信じ込んでいました。マルサスは、そのように人間の善性や可鍛性を単純に信じてしまうユートピア思想は危険だと批判したのです。そもそも善と悪は単純な二元論ではなく、ミルトンが言うように「喰いついて離れぬ双生児」と考えた方がいいと思います。ルソーのような積極的自由に拘ると、最後は「自由であることを強制する」という自己矛盾と倒錯に陥ってしまいます。

宇野:たしかにコンドルセの進歩論はあまりに単純で楽観的ですが、でも彼は確率論の研究をしていただけに、本当は世の中の偶然と不確実性についても理解していたはずなんですけど……。フランス人って、白と黒のはっきりした二元論を好むと思われがちですが、じつはなかなか複雑で面白いと思うんです。そもそもカトリックは、プロテスタントと比べると、人間悪に対してもかなり大らか。欲望や嫉妬に駆られる人間は愚かで罪深い存在だけど、でも一方でそういう人間って面白いよね、神様もきっと見捨てないはずだ、という楽観的な感覚があります。

猪木:たしかにカトリックの神父さんは、割りと呑気な人が多い(笑)。

宇野:信仰と自由の関係を論じる章では、スタンダールの『赤と黒』を傑作だと評されていましたね。

猪木:子供の頃は、恋愛の三角関係を面白がって読んでいただけですが、その後、当時のフランスの上流階級の欺瞞や、国家権力と教会権力の微妙なパワーバランスが巧みに描かれていることを知り、ますます感心しました。ジュリアン・ソレルに代表されるように、自由をめぐる新しい人間像を描き出したのは、やはりフランス文学だったような気がします。アベ・プレヴォの『マノン・レスコー』もそうですね。宇野先生は、コンスタンの恋愛小説『アドルフ』とかはお好きですか?

宇野:大好きです。コンスタンのルソー批判は非常に真っ当なんですけど、彼の本当の面白さはむしろ『アドルフ』にあると思います。この主人公は本当にひどい男で(笑)、相手の女性を振り向かせるまでは燃え上がるけど、いざ相手が自分を好きになると逃げ出したくなる。そして、浮気や不倫に走る。恋愛は成就した途端に拘束に変わる。制約がないと恋愛は楽しめない。まさに猪木先生の自由論の核心部分と重なりますね。

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