日本人が知らない「自由」の意外な正体とは?

資本主義社会が抱える不都合な真実

猪木:トマスに興味を持ったのは、京都大学の学部生の頃です。理学部で物理を研究していた少し天才肌の友人がトマスに傾倒していて、その影響で私も創文社の『神学大全』を読み始めました。大阪大学に就職した後も、経済学史の大家だった大野忠男先生がトマス好きで、よく議論させていただきました。私はあの大著の一部を読んだだけですが、それでも正義の徳を論じた第二部のⅡ.やキプロス王に献呈された『君主論』は夢中になって読みました。現実を冷静に見つめる目を持つ一方で、さらにその現実の上にある理想も追求する、その現実主義と理想主義の絶妙なバランス感覚に魅入られました。

たとえば、「神ではない人間が、他の人々を統治することは倫理的に正当化できるのか」という大問題に対して、トマスは「群生動物である人間集団の中で“統治”が生まれるのは“自然”であり、そこに選択の余地がない」と現実を見据えた結論を導き出しました。その一方で、だから統治は世俗の政治的権威だけが行えば良いとするのではなく、最終的には神の恩寵が必要であると論じました。

宇野:「神の恩寵は自然を破壊せず、これを完成する」、ですね。

猪木:はい。その一節を読んだ時、私は深く胸を打たれました。現実に「理念が人を動かす」というトマスの信仰が表れていると感じました。もしかしたら「人間的統治」と「神的統治」の二つの焦点を持つ楕円構造の社会の方が、人間は自由でいられるのかも知れません。

宇野:私も普段はあまり公言しませんが、じつはトマス的な考え方に憧れると言うか、一番しっくりくると感じるときがあります。どこまでが人間の力でコントロールできることで、どこからが神の恩寵に頼るしかないことなのか。それをきちんと見極めるのが本当の知性であり、人間が自由でいられるための条件なのではないかと思います。

「フランチャイズ」と自由

宇野:私は政治思想史の授業で、自由について講義しています。最初に、古代ギリシア人にとっての自由とは、アゴラ(広場)に出かけて政治に参加することだったと説明すると、学生たちは「ふーん」という感じで、あまり共感しないんです。

猪木:政治参加というのは、いまの学生にとっては理想論というか、建前論のように聞こえてしまうのでしょうね。

宇野:そのようです。で、次にキリスト教の教父、哲学者のアウグスティヌスの話をします。神の被造物である人間に自由意志はあるのか、その自由意志にどれだけの意味があるのか、アウグスティヌスはいろいろ迷いながらも、最後は神の恩寵によってのみ人間は救われると考えた……というような話をすると、学生たちはまったくピンとこないようで、遠い目をしている(笑)。

猪木:なるほど(笑)。

宇野:で、中世に入り、自由を表す言葉に「フランチャイズ」というものがあったと説明します。要するにコンビニと同じで、たとえば「セブン-イレブン」という商標を与えて、本部から情報や商品も送るけど、あとは基本的にそのお店のオーナーに経営を任せる。同様に、中世ヨーロッパでは中央権力が全国を直接統治するのではなく、各地の封建領主たちに「この地域はお前に任せる。支配権を保護してやるから、あとは自由に統治しろ」と言う。これが中世的な自由の観念だ――こう説明すると、学生たちはようやく合点がいくようです。

つまり、「自分の部屋には親は入ってこないでね。部屋の中では、誰にも干渉されず、安心してまったり過ごしたい」というのが、今の学生たちが考える自由に一番近いということでしょう。

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