過酷な戦場を生き抜く「娼婦」の意外な実態 単なる「陰」の存在にとどまらない

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──内戦後のネパールでは、性同一性障害の「ヒジュラ」と呼ばれる街娼が突然現れたとか。

ヒジュラはニューハーフの意味で使われていたが、取材した一人からは「サードセックス」と呼んでくれと言われた。内戦の終結や王政の崩壊で旧秩序が壊れ、いきなり彼らが街角に立つようになった。ネパールは男性社会で、女性の地位がものすごく低い。その中で男の生き方を捨て、女として自分の生きる場所を切り開いていく。あれは本当に、自分自身との精神的な戦いだと感じた。

社会が開かれたことで、彼らは自分自身のアイデンティティを表に出す機会を得られた。田舎の村でできなかったことが、都会のカトマンズでは実現できる。生きるすべは売春しかないし、ものすごい差別を受ける。少し気を抜けば命を落としかねない環境にある。田舎の父親には黙っていると語っていたように、男尊女卑の傾向が強いヒンドゥー教の社会の厳しさが垣間見えた。

ズダ袋にくるまって寝ていた「デウキ」

八木澤高明(やぎさわ たかあき)/1972年横浜市生まれ。写真週刊誌『フライデー』専属カメラマンを経て、2004年からフリーランス。2001~2012年に取材した『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』が小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。ほかに本書の姉妹編『娼婦から見た日本』『にっぽんフクシマ原発劇場』など

──ヒンドゥー教の寺院にささげられ、10歳ごろから境内で生きてきた58歳と80歳の「デウキ」と呼ばれる娼婦も印象的でした。

最初に出会ったときは、本当に衝撃を受けた。境内の軒下でズダ袋にくるまって寝ていた。本来は神と結婚する聖なる存在だったが、経済の発展などにより寺の権威が低下し、経済力をつけた人々の慰み者となる面が強くなったのかもしれない。

長生きしてしまった彼女の背後には、若くして亡くなっていった多くのデウキたちがいるのではないか。すさまじい雰囲気があった。

デウキの村はネパール最西端にあった。かなり貧しく、反政府軍の根拠地になっていた地域だ。グローバリズムの影響で社会が変容する中でも古い慣習が残る場所だったが、今や風前の灯火。近くには売春カーストの集落も存在したが、カトマンズではどちらも聞いたことがない。ヒンドゥー教の因習は、もはや西ネパールにしか残っていないのかもしれない。幼児婚も取材したが、世界的な潮流では犯罪となっている。ネパールでも表立っては聞かれなくなった。

──かつては社会システムの中に売春が組み込まれていたが、グローバル化の波で消えつつあります。

デウキや売春カーストは、社会の成り立ちとともに発生してきた側面が大きい。かつては世界中にあったのかもしれない。ひとくくりにしていいのかわからないが、100年前の日本にも遊郭があった。江戸時代には貧しい家の娘たちが吉原の遊女や街道筋の飯盛女として売られていた。デウキのような生き方は、かつて日本にも存在していたように見える。

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