ジョブズが実践した「温故知新」 キヤノン電子社長 酒巻久氏に聞く(下)

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アイパッドのアイデアは昔からあった

ジョブズと私は、ジョブズがネクストコンピュータを立ち上げたくらいの頃から付き合いがありました。実はその頃から、今のアイパッドのような製品のアイデアはあったのです。

酒巻 久(さかまき・ひさし)
キヤノン電子代表取締役社長
1940年栃木県生まれ。芝浦工業大学工学部卒。67年、キヤノン入社。複写機開発、総合企画等の研究開発部門を経た後、常務取締役生産本部長を務める。99年より現職。

しかし、それを見た当時のジョブズは、「こんなのダメだよ」と言ったのです。「早すぎる」と。

ジョブズはその製品のアイデア自体は認めていたのです。しかし、時代がまだ追いついていなかった。それにはいろんな理由があったと思います。ユーザーがそのレベルに達していない。キーボードの時代がこれからしばらく続くということ。液晶やタッチセンサーの技術がよくない。メモリのスピードも遅すぎました。だから、ジョブズはその時点では否定したのです。

しかし、ジョブズはそのアイデアをずっと温めていたんですね。そして、技術など環境が十分なレベルに達したときに、アイパッドを製品化したのです。

アップルがいち早く導入して、今では当たり前となったパソコンのアイコンも同じです。もともとゼロックスがつくった技術をジョブズが採用して、コンピュータの概念を変えるほどのものになった。過去の延長線上に未来はないと言いますが、特殊な例外を除いてそれは間違っています。

「最先端」とは何か

最先端とは何かというと、まず時代のニーズを見ることです。時代のニーズに合うものであれば、20年前のアイデア、技術でも最先端になります。古いものを最先端の技術でつくることがいちばん儲かるんです。古いものを古い技術でつくったらこれはダメ(笑)。新しいものを最先端の技術でつくったら、これはだいたい儲かりませんね。

ジョブズのすごさは、この「時代を見る目」にあったのです。そして、温故知新をずっと続けてきたのです。

私の場合、キヤノン時代にパソコン事業に携わり、手書き入力方式の携帯型コンピュータなど、当時としては画期的な製品を開発したこともあります。しかし、発売のタイミングが10年か20年早すぎたと言われ、なかなかうまくいかなかった(笑)。

早すぎてもダメだし、遅すぎてもダメ。ちょうどいいタイミングでないとうまくいかないのです。

「一月三舟」――。酒巻氏は、ひとつの物事をさまざまな角度から考えなくてはいけないというこの言葉を大切にしており、書道家の先生に書いてもらったその言葉を額に入れて飾っているほどだ。そして、部下に対してもそのような姿勢で考え抜くことを伝授しているという。

マネジメントにおいて大事なのは目標を掲げることです。自分のやりたい目標が明確でないマネジャーの下では部下は育ちません。1人で幅広い知識を持っている上司はいません。自分はこの知識を持っている。ここが足りないというときに、そういう人材を育てたらいいのです。

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