田中:先ほど、為末さんは「お客さんを感動させるのが選手の目的」とおっしゃいましたが、たとえば、プロ野球で2アウト2、3塁、次が4番バッターという状況で、ピッチャーは敬遠すべきかという議論があるじゃないですか。敬遠すると、お客さんは喜ばない。でもプロとしては敬遠すべきだという。いったいどうするのがプロなんでしょうか? スポーツ産業、チーム、選手という3つの階層間で目的は統一されているのか、そもそも統一すべきなのかがよくわからないんですよね。
新庄さんと落合さんのプロ論
為末:これがプロだという定義している人の本を僕は2冊読んだことがあります。1人が新庄剛志さんで、われわれは何のためにいるか、お客さんが楽しむためにいるんだ、だからスポーツはエンターテインメントだとおっしゃっています。もう1人は落合博満さんで、俺は勝つためにチームに雇われた、だから勝つために全力を尽くすとおっしゃっている。この2つが両方成り立っちゃってるのが日本のプロ論なんです。
僕個人の意見を言うと、そのスポーツ全体を束ねている協会やコミッションが方向性を決めて、選手はその決められた方向に向かって全力を尽くせばいいと思います。「楽しませろ」と言うなら楽しませることに全力を尽くして、「勝て」と言うなら勝つことに全力を尽くす。
選手によって価値観の違いはある程度ありますが、スポーツの世界は比較的、勝ちさえすればお客さんに満足してもらえるので、そっちの方向にいくことが多いですね。
本当は協会がはっきり言わなきゃいけないんですけど、プロ野球ははっきり言っていない印象を受けます。格闘技は結構、はっきり言っているみたいです。とにかく攻めて攻めて負けたものについてはわれわれは善とする、こういう局面のときには絶対に逃げるなといったルールがある。そういうものを作っておくと、混乱を避けられるかもしれません。
田中:為末さんはどちらかというと、陸上をエンターテインメントとしてとらえているイメージがありました。
為末:まさに田中さんがおっしゃっている論点を僕もずっと考えているんですけどね。僕は中学、高校、大学と、勝つことにこそ価値があり、勝つことで世の中の人が満足して、おカネも成功もついてくる、と言われながら育ってきたんですが、いざプロになってみて、それが全然ウソだと気づいたんですよ。勝ってる選手は必ずしも有名じゃないんです。それがプロになってまず戸惑ったことでした。これは一生懸命練習して強くなることと、食っていけるというのは違うロジックなんだなと。
僕は自分がプロとしてどこまでいけるかにいちばん興味があったんですが、一生懸命練習して強くなるためにも、有名になって人気者にならないとスポンサーがつかないし、食っていけない。だから、まず人気を得ようと頑張ったんです。競技を続けるために、競技で収入を得るのはあきらめ、エンタメ方向に振ったという感じですね。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら