飲みに行くと、たいていの場合は「すごく酔う」まで飲むという史江さん。友彦さんとの食事でもすぐに酔って「仕事ではない話し方」になり、激しく酔っぱらってタクシーで送ってもらった。外は小雨が降っている。史江さんの家の近くまで着いたとき、友彦さんは史江さんに自分の傘を強引に押しつけた。傘を返してもらうのを口実にまた会いたい、という意思表示だ。実際、すぐに次のデートのお誘いがあった。
その日、史江さんはわざと酔ったわけではない。飲みに行けばいつでもへべれけに酔う人なのだ。しかし、結婚を希望する独身者には参考になるエピソードだと筆者は思う。多くの人は30代にもなれば他人と打ち解けにくくなるからだ。仕事を離れて親しくなれそうな相手にでも、「さん」付けと丁寧語を崩すことはしない。礼儀でもあり自己防衛でもあるが、それでは心理的な距離感は縮まらず恋愛には発展しにくい。
お酒の力は偉大だ。誰かを傷つけるような酔い方は論外だが、ちょっとくだけた口調になるぐらいは許される。自分の気持ちもオープンになりやすく、独身同士ならば「楽しいからとりあえずお付き合いしてみようかな」という流れになるかもしれない。
「とっても優しい人じゃないか!」
エスニック料理や馬刺も楽しめる友彦さんとは「食事の趣味」が合うと感じた史江さん。友彦さんと一緒に食事をすることが増えていった。康文さんとの同棲を解消した後は、きちんとした交際に発展。そのわずか2カ月後には婚約を交した。8年間も付き合って同棲もしたけれど結婚には進めなかった康文さんとは大違いだ。
「結婚したきっかけは、付き合ってすぐに起きた東日本大震災です。会社から同僚と歩いていた私を車で迎えにきて、私と同僚をそれぞれの家まで送り届けてくれた夫に、『とっても優しい人じゃないか!』と感激しました。あの時期、(モノ不足や放射能などの問題に対して)『うちはこうする』というように、家族単位で話をすることがよくありましたよね。私もそれがいいな、心配し合える人がいるのはいいな、と思ったんです」
危機的な状況に陥ったとき、本当にそばにいてほしい人は誰なのか。史江さんには友彦さんの顔しか浮かばなかった。
「夫はとにかく無難でおとなしい人です。一度も転職をせず、普通に働いています。お酒も飲み過ぎず、女遊びもしません。だから、安心できるんです。40歳手前になってようやく現実を知りました」
とはいえ、史江さんは「もっと早くに友彦さんと付き合って結婚していればよかった」とはまったく思わない。康文さんをはじめとする「アート系」の男性との刺激的な恋愛もかけがえのない青春の思い出だからだ。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら