「子なし夫婦」のなかなか理解されない実態 少子化対策の大義名分が彼と彼女を苦しめる
子どもがいないと、貧乏くじを引く――。東京都内の私立大学で教員として働く山本健二さん(仮名・41)は、こんなふうに感じることが多い。同僚の教員が子どもの入学式や参観日、運動会などのイベントに出るため、休日の出勤を頼まれることが多いからだ。「子どもがすでに大きい男性の同僚もいるのですが、仕事を頼みやすいのは子どもがいない私。頼んだ本人に申し訳なさそうに謝られるのはもっとつらい」。
妻(36)とは大学のサークルで出会い、11年前に結婚した。その後、妻は子どもができにくい体であることが検査でわかる。これから子どもを持つのは自分も体力的にしんどいと思う。
フェイスブックの子育て日記にうんざり
週刊東洋経済7月9日号(4日発売)は『子なしの真実』を特集。結婚したら子どもを持つのが当然なのか。少子化が叫ばれる中、国を挙げて子どもを持つことを奨励する動きが活発になっている。だが、子どもがいない夫婦にとっては心の負担となって重くのしかかっている。
山本さんは10年ほど前のある記憶が鮮明に残っている。まだ独身だったときに指導教授から「子どもを育ててこそ、いい教育者になれる」「自分の子どもを観察できると、論文の内容が変わる」と諭された。今もこうした考えが教育現場に根強くあると感じる。面と向かって言われることはなくなった。それでもあらゆる方向から「子どもがいないこと」を認識させられ、言いようのない不安に見舞われることがある。
ネットニュースで子育てに積極的な男性の「イクメン」礼賛のニュースをたびたび目にしては鼻白む。この傾向が強まれば強まるほど、子どもがいない人に対して仕事のしわ寄せが出てくるような気がしてならないからだ。
フェイスブックで連日のように目にする、出産報告や子育て日記のたぐいの記事。喜ばしいことだし、自分も素直によかったと思って「いいね!」ボタンを押す。そのうち「子育て日記」が頻繁に目に留まるようになった。
「以前だったら、直接会ったときに子どもの話をするか、年賀状で成長記録を見る程度だったのに、フェイスブックで毎日目にしてしまう。正直うんざりするときもある」。ツイッターでは積極的に発信するほうだ。しかし年金や憲法改正論議で、「子どもの親としてこう思う」という意見が多いと共感が薄れる。