常見:本では10人の人物を取り上げていますが、最初に中邑真輔選手、最後に棚橋弘至選手という構成になっていて、「中邑ではじまり棚橋で終わるのか……」と感動しましたよ。世界に旅立った中邑と、新日本を守り続けた棚橋。彼らが地道にやってきたおかげでいまのプロレスブームがありますよね。
「続けることが大事だ」
三田:彼らは時代のせいにもしなかったし、テレビの放送がない環境のせいにもしなかった。特に、棚橋選手は、営業活動を積極的にやっていました。無口で怖い昔のプロレスラーのイメージとはうって変わり、茶髪で気のいいお兄さんとしてテレビに出る。大学も出ているのでクイズ番組にも出るし、バラエティではトークもする。芸人さんやタレントさんが求められるものを全部やったのです。試合の後、どんなに疲れていても、ファンサービスを欠かしませんでした。
常見:彼がはじめに「100年に1人の逸材」と自分で言ったときに、やっぱりちょっと苦笑いしちゃいましたよね。でも、本当にそうなったのがすごい。ブーイングを浴びた時代も乗り越え、大スターになりました。
三田:最初にこの表現を使ったときに、みんながサーッと引いていくのが棚橋選手もわかったようです(笑)。でも、言い続けることで浸透しましたよね。「続けることが大事だ」と棚橋選手はおっしゃっていて、営業活動もコツコツ続けていきました。なにかをやったからと言って急にプロレスが良くなるわけじゃないんだと。結局、「丁寧に丁寧にやり続けていくことしかない」と言うんです。
常見:いつまたブームが去るかわからないし、潰れてしまうかもしれない。今、「プロレスブーム」と言われますが、正確には「新日本プロレスブーム」とせいぜい「DDTブーム」です。それは、棚橋選手の努力があってこそでしょうね。
三田:自分だけ売れればいいと彼は思っていないんです。「業界が全部上がれば、そのトップにいる俺も上がっていくことになる」とおっしゃっていました。
デスマッチで有名な大日本プロレスのグレート小鹿会長が「棚橋君、ありがとう、新日本が突っ走ってくれればいいんだ。大日本は負けないようについていくから」とおっしゃったんだそうです。その棚橋選手はファン時代、大日本プロレスに試合を見に行って、小鹿さんにチケットを切ってもらったことがある。そんな人に、認めてもらうようなことを言われてすごい嬉しいんだと。
常見:うわー!良い話だ!
三田:大日本プロレスと新日本プロレスは規模もファイトスタイルも違いますが、それでも「プロレス」という共感があって、棚橋選手が頑張って引っ張っているんだと思うのです。だから、「新日本だけいい思いをして」とは思っていない。
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