そんな彼が、ウェブジャーナリズムのプラットフォームとして知られる「Medium」に自ら、広島訪問の意図をこうつづっている。「(アメリカが)核兵器を使った決断について触れるのではなく、我々共通の未来に対し、前向きなビジョンを示し、戦争という、とんでもなく、また破壊的な行為が人類にもたらす犠牲にスポットライトをあてる」。さらに、「核兵器を使用した唯一の国として、核兵器の根絶による平和と安全な世界の実現を推し進める特別な責任がある」ことを示し、「終戦時には想像もしえなかった深く強固な同盟関係を象徴する訪問である」と明言している。
ガーディアン紙によれば、このスピーチはローズ氏が起草し、関係省庁などがチェックをした上で、さらにローズ氏が推敲し、オバマ氏が最終的に手を入れたものだという。その証拠に、読み上げた原稿の上には彼の手書きのメモがたくさん書き込まれていたそうだ。自らの原体験も踏まえ、強い思いがあふれ出るスピーチを紡ぎ出すスピーチライターと、その原稿を自分のものにし、情感をこめて語ることができる話し手。この最強のコンビネーションが生み出した歴史的演説だったのである。
さらなる超絶コミュニケーション技
筆者はアメリカに在住していた時期がある。そのときにオバマ氏のお茶目でチャーミングな側面をたっぷり見てきたため、まごうことなきオバマファンなのだが、今回、さらに新たな超絶コミュニケーションテクニックに気づかされ、感服することがあった。
まずこのビデオを見ていただきたい。これは広島スピーチのほんの数時間前、岩国基地で行ったオバマ氏のスピーチだ。
原爆ドーム前のスピーチの厳粛さと打って変わった明るさ、陽気さ、面白さだ。ジョークを交え、とにかく楽しく、聴衆からも笑いが絶えない。
以前、東京オリンピック招致のプレゼンコーチ役だったマーティン・ニューマン氏にインタビューした際に、プレゼンの要諦は「どのようなムードを作るか」であると教えられた。つまり、スピーチやプレゼン、あらゆるコミュニケーションにおいて、最初に考えなければいけないのは、「What mood do you want to create?」(どのようなムードを作っていきたいか)ということで、会場をどのような空気で包みたいか? 聴衆にどのような印象を持ってもらいたいか?をコントロールできる人こそが超一流のプレゼンターである、というわけだ。そういう意味で、このオバマ氏の「場」の作り方はまさに天才的だ。
これはまさに、三枚目を演じたかと思えば、次の場面では悲劇のヒーローに転じる「役者」のようなものだ。そう、オバマは天才的役者なのである。といっても、わざとらしく、自分でない他人の役を演じる、のではない。一流の役者はその役に「なり切る」ことができる。
ストイックなまでの役作りで知られるアメリカの俳優ブラッドリー・クーパーのブロードウェイの舞台を見に行ったことがある。「まさに乗り移ったような演技」にすっかり、魅了されたのだが、あるラジオ番組で「けいこをひたすら重ねていると、何かが空から降りてきて、自分にとり付く」と話していた。被爆者と自然に抱き合い、握手をするあの姿も、計算されたものではない心の底から湧き出る思いだったからこそ、心動かされたのだ。まさに、イタコ、いや、ありとあらゆる自分の分身(アバター)に化身できる。これがオバマ氏の真骨頂である。
翻って、日本人のプレゼンが面白くないのは「話している」か「読んでいる」からである。オバマ氏を目指すのはハードルが高すぎるとしても、グローバル競争に勝ち抜くため、日本の掲げる平和や環境保護のメッセージを世界に伝えていくためにも、国を挙げて、抜本的にコミュ力アップに取り組むべきだ。人の心、国そして世界を動かすのは結局のところコミュ力なのだから。
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