平家物語のようなもの悲しさと不条理観。しかし、ストーリーはここでは終わらない。
「私たちは、この街の中心に立ち、勇気を奮い起こして爆弾が投下された瞬間を想像する。私たちは、目の当たりにしたものに混乱した子どもたちの恐怖に思いを馳せる。私たちは、声なき叫び声に耳を傾ける」。この悲しい記憶こそが人類の道徳的な想像力をかき立て、希望をもたらす選択を将来にわたって続けようという意志につながるのだ、と説いたのだ。
だからこそ「核兵器廃絶」という理想を追い求め、広島を「核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの地としなければならない」とスピーチを結んだ。
まさに、壮大な「絶望と希望」のストーリー。このスピーチを書いたのは、38歳のベン・ローズ大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)と言われている。オバマ大統領の側近中の側近だ。もともとはニューヨーク大学の修士課程に在籍し、作家を目指す「文学青年」だった。その彼を政治の世界に駆り立てたのは2001年のあの出来事だった。
スピーチの最中に大統領の脳裏によぎったもの
「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」は、5月初旬にこのベン・ローズの大特集記事を組んだ。そこにはあの9月11日、マンハッタンの対岸から旅客機が超高層ビルに体当たりするのを自らの目で見た経験が語られている。「その日、すべてが変わった」。ショックと恐怖の経験は彼の価値観を根底から覆した。
オバマ大統領の広島スピーチに出てくる言葉の端々ににじみ出る人間の蛮行、愚行に対する憤り、絶望感は、眼前で何千人もの命が失われるシーンを目撃したローズ氏の原体験に紐づくものでもあるのだろう。この演説の中に、「どの偉大な宗教も、愛や平和、正義への道を約束するにもかかわらず、信仰こそ殺人許可証であると主張する信者たちから免れられない」といきなり宗教批判のような文言が出てきたことに違和感を覚えたが、これは、まさに9.11とその後のテロを指していると考えると合点がいく。
そして、あのスピーチを読み上げるオバマ大統領の悲痛さの裏には、アメリカが体験した9.11というある種の「敗戦」の悲劇を重ね合わせる心情が少なからずあったのではないか。そんな想像も働く。
同マガジンによれば、「優れた物語の語り手」であるローズ氏は「大統領のために考えるのではなく、大統領が何を考えているのか」がわかるのだという。「どこから僕が始まり、どこでオバマが終わるのか、わからない」とまで言う一心同体の存在にまでなったスピーチライターはまさにオバマ大統領の懐刀。ホワイトハウス随一のインフルエンサーとしてツィッターなどで情報を発信し、記者たちのオピニオンにも大きな影響を与える存在だ。
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