ユニクロも僕も大変、でも今は大チャンス

柳井氏後継候補の1人 堂前宣夫 (上)

しかし、数ある会社の中で同社に決めた理由が柳井との邂逅にあることは間違いない。当時、FR社の本社機能は創業の地・山口県にあった。東京で同社の面接を受けた堂前は、最終面接に臨むため故郷の山口に里帰りをする。「宇部に住んでいる弟に、ついでに会いにいくか」という気軽な気持ちで向かったが、面接に現れたのは、今までに見たこともない、圧倒的なエネルギーを持つ「あの男」だった。

 柳井は、つばが飛び散るくらいの勢いで「ユニクロを日本発の世界のブランドにしたい」「世界から見たら東京も山口も一緒だ」「トヨタ自動車とかソニーのような日本発の世界企業にしたい」とまくし立てた、という。「とにかくすごいエネルギーと迫力で、本当に本気なんだなって思いましたね。世の中にはまだこんなにエネルギッシュなオヤジがいるのか。これは面白そうだ、と入社を決めました」

フリースブームを支えた

 「2020年には売上高5兆円、世界一を目指す」と、柳井は高い目標を掲げそれをガチガチと実行していく人物である。入社は98年。FRは97年4月に東証2部市場に上場し、11月に直営店が300店を超えたばかりだった。高い目標に向け、山口から東京へと本格攻勢をかける直前の段階でもあったが、知名度はまだまだ。堂前のような優秀な人材を、喉から手が出るほど欲していた時期だった。

堂前の「品定め」は正しかった。柳井は「エネルギッシュなオヤジ」どころか「とてつもないオヤジ」だったのだ。その後、98年にはついに東京進出(原宿店、今年春に閉店)、翌99年には社会現象ともなった、あの「フリース旋風」が巻き起こる。その後、FRの売上高は1000億円から2000億円、2000億円から4000億円へと倍々ゲームで急成長を遂げる。

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