英国最大の鉄道計画に日立が切り込めたワケ キーマンを直撃
ところが、2000年を目前にして、再びグローバル化を進めようということになって……。80年代の円高の影響で国内に事業をシフトしたこともあって、輸出をやっていた人間も私ぐらいしか社内にいなくなっていたので、私が中心になってやることになったんです。
--最初から英国がターゲットだったのですか?
東南アジアとか、いろいろ市場は考えられるんですけれども、長期的にやるには車両だけの競争になってしまうと、つらい。そこで、難しいんだけれども、欧州をやるべきではないかと。
ビジネスモデルも単に製品を売るだけじゃなくて、メンテナンスもやっていく。品質のいい信頼性の高い製品を納めることができれば、メンテの事業の利益率もよくなる。反対に製品が悪いと、メンテは悲劇的なことになってしまうんですが、製品がよければ、1つのコア技術からビジネスが広がるんじゃないかと。そういうふうに考えて、車両だけでなくメンテナンスもやれる欧州市場は難しいけれども、やる価値はあるんじゃないかと。
というのは、鉄道事業はデコボコがあるんですよね。たくさん受注をいただける期間と、しばらく何もない期間とがあって、経営が難しい。ベースになる事業、つまりメンテナンスを何とか成立させていきたいと思っていた。
--その難しい欧州市場で、しかも社内的にも「できるはずがない」という声があった。それでも、「やれるだろう」と考えたのは、なぜですか?
南アに駐在したときも、欧州の強豪であるシーメンスやアルストムと戦って、何度も注文をいただいていましたし。技術的には十分勝てるという自信はあったんですね。
--日立の技術的な優位性は、どういったところにありますか?
信頼性と品質ですね。クオリティ。それから納期をきちんと守るとか、お客さんと価値を分かち合うといった精神が、欧州のメーカーにはちょっとないところで……。そこが日立が認められた1つの要因ではないかと思います。