通貨戦争という言葉は、2010年、ブラジルのマンデガ財務相の発言(「これは通貨戦争だ」)で世界中に広まった。米国の量的緩和によってドル安が進行、ブラジルなど新興国の通貨が上昇したことへの怒りの発言だった。
戦争というのはもちろん比喩である。米国が意図的に諸外国を痛めつけようとした証拠はない。しかし米国が今後もドル安を続ければ、世界中が通貨安競争に突入するのは避けがたい事態である。世界不況が続く中、通貨安による輸出増大は、もっとも手っ取り早い景気回復策だからだ。通貨安競争が本格的な貿易戦争へと至る可能性は、今も決して消えていない。
本書は、通貨戦争という切り口から、世界経済の今後を論じている。興味深いのは著者の経歴だ。30年にわたってウォール街で働いた金融のプロフェッショナルでありながら、米国防総省で働いた経験も持つ。こうした経験から著者は、通貨戦争が決して一過性のものではなく、これから本格化していくと予想している。
国防総省が来るべき「金融戦争」のシミュレーションを行っているという冒頭部分(第1章、第2章)も衝撃的だが、本書の白眉は、通貨戦争の歴史をまとめた中盤部分(第3章から第8章まで)であろう。著者によれば、通貨戦争は過去、3回あった。戦前の大恐慌が本格化した1930年代、ブレトンウッズ体制が崩壊した70年代、そしてリーマンショック以後の現在である。
30年代は、最終的に金本位制の崩壊と、保護主義とブロック経済による本物の戦争へと行き着いた。ニクソンショックに始まるドル価値の下落は、貿易黒字を拡大していたドイツや日本と、米国の間で貿易戦争を引き起こした。
そして現在は、第三次通貨戦争とも呼ぶべき局面を迎えている。著者は、今後ともドルの下落が続いていくと予測している。これは、世界経済の未来に暗い影を投げかけるだろう。いずれドル、ユーロ、人民元という三極体制に移行するといわれた時期もあったが、著者はそうした未来像に否定的だ。それよりも、ドルの減価で世界が終わりなき通貨戦争へと至るシナリオを重視している。
金融の歴史は、予想もしないパニックによってシステムが劇的に転換する歴史でもある。ドルがアンカーとなる今の国際通貨システムが、今後も平和裏に続いていくという保証はない。金融と安全保障を接合した本書の議論は、いくぶん極論の気味があるとはいえ、来るべき混乱の時代を見通すうえで、有力な手がかりになるに違いない。
James Rickards
投資銀行家、リスク管理の専門家。米ノースウェスタン大学、米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院で教鞭を執る。CNBC、CNN、Fox、C−SPAN、ブルームバーグTV、NPRなどの放送番組にたびたび出演している。
朝日新聞出版 2100円 341ページ
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