(第28回)<田尾安志さん・後編>指導者に必要なのはまず人間性

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●指導者は人間性も重要

 大学3年の秋に怪我をして、それから一年間くらい投げられなくなったんです。その時に、「ああ、もうちょっと野球をやりたいな」と思うようになりました。4年になってから、監督に「お前、どうするんだ」って聞かれ、「プロになりたい」と答えました。そうしたら、監督に言われたんです。「よし、じゃあ秋の大会は、ヒット一本契約金100万円だと思ってがんばれ」ってね。それを考えたら打てなくなっちゃってね(笑)。

 ドラフト前に十二球団どこでも行くつもりだと監督に伝えると、「それなら、今勧誘されている社会人の会社は全部お断りしろ、天秤にかけるな」と言われました。ある会社からは「プレイングマネジャーでやってくれ」というくらい自分を評価してくれているところがありましたが、そこにはちゃんと足を運んでお断りしました。その辺のけじめには、とてもうるさい監督でした。このような教育は僕にとってよかったです。それと、もうひとつ、「辞めた時に僕にどういうことをしてくれるのか?ということは絶対にいうな。そんなことを期待している選手でろくなやつはいない。ダメだったらあっさり辞めて来い。退路を立て!お前はプレイヤーとしてしか期待されてないんだよ」と、言われました。あとになってみると、いいことを言ってくれたなって。

 ドラフトでは中日ドラゴンズに指名されました。このチームだったらいいなと思ううちの一つでした。あの当時の中日は外野手が充実していたので、僕は指名されないと思っていたんですけどね。

 楽天の監督のとき、コーチの採用について、「教え方がうまいということよりも前に、まずは人間性を重視してくれ」と球団にお願いしました。特に二軍の指導者は、高校から入ってくる選手を相手にしなければならない。彼らに指導するには、選手からみて人間的に尊敬できる部分がなければ、いくら教え方がうまくても、長い目でみればうまくいかないこともある。選手の教育というのはすごく大事です。

●息子の退部騒動

 僕の長男が高校で野球をやっていて、2年の秋の大会ではピッチャーでした。その大会の四回戦で勝ったのですが、次のゲームの日と家族旅行に行く日がぶつかってしまいました。テレビの歌合戦で優勝したときの副賞のカナダ旅行で、みんなで行こうと決めていました。そしたら、息子が自分も行きたいと言い出したのです。野球部を辞めてまで。「家族でカナダ旅行はもう行けないかもしれないけど、野球はまたやれる」と言うので、「お前、それは人間として認められないぞ」と返しました。そんなことをしたら、みんなからすごく反感を買うぞって。それでもいいと言うんです。結局旅行に行きました。本人は行ってよかったと。
v  その後、しばらく野球から離れていたんですけど、3年の春になったら、また野球をやりたいって言い出してね。長男もプライドの高い人間なんだけど、全部員に謝ってもう一回やらせて欲しいって言ったみたいなんです。ほとんどの選手がOKと言ってくれました。息子がいないと勝てないから、親御さんたちの中にも「もう一回やってくれないか」という人もいたんです。でも、監督だけは「絶対にダメ」ということで、最後は僕の出番です。

 「息子がやったことは絶対に許せないことだけど、若気の至りということで、もう一度、野球部復帰を認めてやってくれませんか」って言ったんです。けど頑として、認めてくれない。しまいにはもう喧嘩です。電話でしたが、横にいた長男は泣き出しそうなくらいでね。それでも、絶対に認めてもらえません。僕は、「学校は教育の場じゃないか。落ちこぼれても、もう一度立ち直らせてやろうというのがあってもいいんじゃないの」と。最後は、教頭と校長のところにまで行って、「何も、ゲームに出させて欲しいと言ってるわけじゃありません。ボール拾いでもよいのです。残りの四ヶ月、引退までボール拾いだけでもさせてくれませんか」と話しました。
 最終的には、「わかりました、こっちでなんとかします」って。このあと、息子はゲームで投げていましたけどね(笑)。

 このとき長男の立場になって、先生と喧嘩したというのは、長男にとってはものすごく嬉しかったんじゃないかと思うんです。この一つの事件が、親として認められたすべてじゃなかったかなってね(笑)。本人も自分に非があるのはわかっていました。それでも自分の味方になって先生に言ってくれた。もし、僕も先生側で、「お前、そんなんじゃダメだ」って言っていたら、ひょっとすると違う方向に息子はいってしまったかもしれないですね。

●教師がゆとりを持って欲しい

 学校に対して言いたいことは、教える側がゆとりをもって生徒に接してもらいたいということです。たとえば、偏差値という尺度だけで、少しでも高いレベルの学校に入学させようという指導は、人間として何かひとつ抜けてしまうんじゃないかと感じることがある。楽天の監督をやらせてもらって感じたのは、結果を残して認めてもらうのが選手だけど、監督というのは、選手にいい結果を残してもらうためにどうやってより良い環境を作りあげるか、という発想になるんです。だから、もし結果が出なくても、自分の力が及ばなかったんだって思える選手になってもらいたい。監督がだめだったとか、コーチがだめだったとか、自分以外のところで逃げ道を作るようにはなって欲しくない。生徒たちのなかにも責任転嫁している子どもってかなり多いと思う。そのような生徒の数を減らすことができるのも先生しだいだと思います。
(取材:田畑則子 撮影:戸澤裕司 協力:スカイコーポレーション

田尾安志<たお・やすし>
1954年生まれ。大阪府出身。同志社大学卒。
1976年ドラフト一位指名で中日ドラゴンズに入団し、最優秀新人賞を受賞。1985年西武ライオンズへ移籍。1987年 阪神タイガーズへ移籍。1991年 阪神タイガーズ退団、引退。翌年から野球解説者・タレントとして活動開始。2001年 アジア大会で全日本代表チームのコーチに就任。2005年 東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任。同年9月25日限りで退任。以降、野球解説者としての活動を再開。バラエティ番組のメインパーソナリティや情報番組キャスターと、活動の場を広げる。
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