株主主権を超えて ステークホルダー型企業の理論と実証 広田真一著 ~人的資本重視時代に合うステークホルダー型
企業金融の理論に関し、長年疑問に思っていたことがある。株主からの企業経営者への規律付けは重要だが、それが強調されすぎてはいないか、顧客や従業員、すなわち財市場や労働市場からの規律付けも同じように重要なのではないか。
日本や大陸欧州の株式所有構造が米英と異なるのは、企業の利害関係者が株式を保有することで投資家の権限を弱め、株主だけでなくそれ以外のステークホルダーの経済厚生の向上を重視するためである。フォード型の大量生産システムが優位であった時代には物的資本は最も重要で、同時に金融市場が未発達であったため、資金の出し手を重視しなければならなかった。金融市場が高度に発達した現代社会において競争的な財・サービスを生み出す決定打は、従業員すなわち人的資本である。知識経済化が進めば、その傾向はますます強まるはずである。
本書は、株主利益最大化を前提とする株主主権型モデルに代わるものとして、従業員など企業と利害関係を持つステークホルダー全体の経済厚生向上を目的とするステークホルダー型モデルを提示したうえで、日本や大陸欧州では、後者に当てはまる企業が多いことを包括的に論じている。本書の白眉は、人的資本にも不完備契約の理論を取り入れたところにある。通常の分析に用いられるエージェンシー・モデルの結論と異なり、不確実性が存在する状況下で株主主権が強すぎると、ホールドアップ問題が生じ、競争力の源泉である人的資本の蓄積が阻害され、企業価値が損なわれる。