中東での新たな国境引き直しは流血を招く

オスマン帝国が描いた中東モザイクを崩すな

結局、委員会は同州のイラク帰属を勧告したが、その唯一の理由は、イラクが数十年間、国際連盟の委任統治下に置かれることが取り決められていたからだった。

それ以後、戦争と革命が続き、最も重要な1つの真実が浮き彫りとなった。それは、オスマン帝国には明確な境界線がなかったことだ。それゆえに、同地域においては、州や組織が同種の民族、国民、宗教的アイデンティティごとに、なめらかに新しい秩序を築くことができた。

この真実を理解することは非常に重要だ。第一次大戦後のオスマン帝国崩壊を機に築かれた中東の秩序は恣意的なものだったかもしれない。だが、その秩序を変えようという試みは、余計に無惨な事態を引き起こす恐れがあるのだ。

例えば、イラクをスンニ派とシーア派に分断すれば、1947年にインド亜大陸で発生したような悲劇が容易に起こりうる。この時は、分離後にパキスタンとインドに生じた何百万人もの難民が犠牲になった。

言うまでもなく、イラクがいかように分断されようとも、アラブ人とクルド人との血なまぐさく長い紛争が起きるだろう。そうなれば、多くのクルド人が住むイラン、トルコ、そしてシリアでも非常に複雑な事態が予想される。バグダッドの支配権を巡る争いも、同様にたいへん深刻な問題だ。

同じく、シリアにおける紛争の解決策を見つけることも困難だ。ロシアに守られた沿岸部のアラウィー派は生き残れるだろうが、ダマスカスの勢力は非常に厳しい状況にある。シリアで少数派のキリスト教徒も、こうした情勢の犠牲者だ。

人々の命と引き換えに国境線を引くな

 シリアは、世界でも最古であるキリスト教コミュニティの幾つかが生まれた土地だ。かつてに比べるとその規模は小さくなったものの、今でも歴史的な権威があることは明らかだ。彼らは、オスマン帝国というモザイク画の小さな一部であり、今はシリアという国に属している。しかし、もしシリアが消滅すれば、彼らは死滅してしまうだろう。

確かに、オスマン帝国というモザイク画はひどく損なわれ、ゆっくりと崩壊しつつある。アレッポやモスルといった古代の多文化交易都市が真の意味で再生し、開花することは二度とないかもしれない。しかし、だからといって、多くの人々の命と引き換えに、この地域に新しい境界線を引くことが許されることにはならない。

国際社会は、中東を疲弊させている混沌と紛争を終わらせ、平和と安定を維持できる地域秩序を築こうと懸命に励んでいる。ならば指導者たちは、既存の枠組みの中で努力するべきだ。肘掛け椅子に座った戦略家たちは、これらの古い土地に新しく適切な境界線を引かせるよう働きかければ現状は改善されると考えているが、それは間違った思い込みに過ぎない。

週刊東洋経済12月19日号
 

政治・経済の人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • Amazon週間ビジネス・経済書ランキング
  • 湯浅卓「トランプ政権の真実」
  • 埼玉のナゾ
  • 「非会社員」の知られざる稼ぎ方
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
0/400

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
頭脳争奪<br>中国が仕掛ける大学戦争

国の未来を左右するのは優れた頭脳。大国化した中国は今、その受け皿となる世界トップレベルの大学をつくることに驀進中だ。1つの象徴が深圳(しんせん)の南方科技大学。教育強国となった中国の戦略と、受けて立つ日本の危機感が浮き彫りに。