《ミドルのための実践的戦略思考》「範囲の経済」で読み解く化粧品メーカーの営業所長・藤本の悩み
■安易なシナジー追求は「範囲の不経済」を招く結果に
これらの事例から導き出される示唆は、「価値の高い資産があるのであれば、それを徹底的に使い回せ」ということになるでしょう。
しかし、これも規模の経済と同様に、そんなに簡単なことではありません。真に範囲の経済の効果を発揮するためには、いくつか考えなくてはならないことがあります。
まず、1つ目は、顧客接点を生かそうとしてプロダクトラインを広げても、ある一定の段階を超えると非効率になる、ということです。売るべき商品が多すぎて、どれもまともに説明できない営業担当者をイメージすると話は分かりやすいと思います。
あるいは、営業のみならず、開発においても、商品を広げようとするあまりリソースが分散されて、結果的に効率的な開発が出来なくなるような事例も該当するでしょう。つまり、前回説明した「規模の不経済」と同じで、とある閾値を超えると「範囲の不経済」に陥る地点があるのです。
2つ目は、使い回すための資産が新しいビジネスにおいてどれくらい重要なのか、という点です。もう少し具体的に言うと、既存の資産に新しく乗せようとしている新規事業において、その共通部分は本当に競争優位性の一因となりうるのか、ということです。
もちろん、共通部分は新しいビジネスにおいても「何かの役」には立つでしょう。しかし、「あった方が多少はマシ」という事業と、それが「新規事業においても競争優位性となる」という事業では、効用が異なるのは理解できると思います。
これを100m走に例えて考えるならば、20m~30mくらい先からスタートできるビジネスなのか、2~3mくらいの差しかないのか、ということです。もし2~3mの話であれば、「範囲の経済」や「シナジー」などという幻想は捨てて、ほとんどまっさらな新規事業という心構えで臨むべきでしょう。
そういうことを考えるためには、共通部分は一旦置いておいて、シンプルにその事業で勝つために必要な要素は何があるのか、ということから考えなくてはなりません。
当然ながら、市場規模もそうですし、その中の顧客分析、そしてどういう競合プレイヤーがいてどういう戦い方をしているのか。そのビジネスに必要な固定費は何であり、規模が効くのか効かないのか、といったような業界構造を理解する必要があるでしょう。そこから勝つためのポイントを見極めた上で、初めてその戦いの中で自社の資産が活用できるのか、という順序で物事を見つめ直す必要があるのです。
しかし、往々にして、この業界構造を十分に分析しないままに、「シナジーが効く」「非稼働資産を生かせる」という言葉だけで突っ込んでしまうパターンが後を絶ちません。
この落とし穴に陥る事例は、テクノロジー型のメーカーで頻繁に見受けられます。とあるコア技術を持つ企業が業界内で一定のポジションを得た後に考えるのは、コア技術をベースにした多角化です。
その際、「このコア技術を利用して、他の市場に参入できないか?」ということから考え始めるのですが、得てして、そのコア技術が「多少なりでも使える」市場を見つけて参入を検討しがちです。当然ながらこの手のビジネスがうまくいくほど甘くありません。
なぜならば、その参入先の業界においてもしのぎを削る争いがあり、そこで勝ち残っているプレイヤーがいるからです。それを深く考えずして、範囲の経済を過度に見積もって参入する新規事業は、往々にしてビジネスラインが闇雲に増えるばかりで、リソース分散による「範囲の不経済」を発生させる結果に陥ります。
こう考えると、範囲の経済はビジネスラインやプロダクトラインが増えれば自動的に効くものではなく、意図的に効かせる覚悟がなければその効果を発揮しない、ということが分かってきます。