《ミドルのための実践的戦略思考》「範囲の経済」で読み解く化粧品メーカーの営業所長・藤本の悩み
■ストーリー概要:
ナチュラル・ビューティー社(NB社)の藤本雅恵は、営業会議で着想を得た、新しい事業構想に心弾ませていた。
NB社は、全国に散らばる「NBレディ」という販売員による訪問販売形式で売上を伸ばしてきた老舗の化粧品メーカーである。NBレディは、本社と完全歩合制の委託販売契約を結んでおり、腕の良い販売員は月商100万円を超えるケースもあった。
実績を上げたNBレディは、やがて本社の営業所長として登用され、NBレディの管理を任せられるようになる。NB社は、化粧品の質もさることながら、これら訪問販売員のマネジメントのうまさによって業績を伸ばしてきた。
ただ、業績はここ10年の間、落ちる一方だった。化粧品市場そのものは決して小さくなってはいなかったが、一昔前からのドラッグストアの台頭、そして最近ではインターネット通販の拡大やコンビニエンスストアでの取扱い増など、販売チャネルが多様化しており、訪問販売はその勢いに完全に押されていた。
その中で、NB社は顧客接点を通じたカウンセリングサービスの強化により、これらセルフ店との差異化を掲げていたものの、そもそもサービスを提供する以前に門前払いにされるケース多く、最近では行きすぎた勧誘に対するクレームも受けるようになっていた。
藤本は、NBレディとしての活躍を認められて、5年ほど前に営業所長として登用された。訪問販売の辛さは身をもって体験していたため、今NBレディたちがどのような状況に置かれているかは手に取るように理解できた。それだけに、毎月行われるNBレディとの個別面談の時間は藤本にとって苦痛以外の何物でもなかった。
当然、藤本が過去に培った営業手法はNBレディに余すことなく伝授するようにしていたが、当時とは競争環境も異なり、藤本がアドバイス出来ることがほとんどなくなってきていることも実感していた。その中で、担当するNBレディが1人抜け、2人抜け、という状況が続いており、藤本も何とかこの現状を打破できる方法はないかと必死に考えていた。
そんなとき、NBレディとの面談で藤本は一つの糸口を発見した。ここ数カ月の営業面談で、NBレディの数人から口々に、「うちも健康食品を扱えないのか」というリクエストを受けたのである。聞いてみると、得意先となっている顧客から、健康食の取り扱いに対する要望を受ける機会が増えてきた、というのだ。
確かに新規顧客を開拓する難しさを考えると、既存の得意顧客からの売上を増加させる方が効率的であることは間違いなさそうだ。それに、化粧品と健康食品はそれほど遠い業界ではないし、何と言っても顧客の要望もある。実際に先日の営業全体ミーティングでNBレディに健康食品の可能性について聞いてみたところ、総じて好意的な反応であったということも背景にあった。
調べてみれば、化粧品と健康食品の両方を扱っている企業も少なからずある。シナジーは間違いなくありそうだ。藤本は「なぜこんなことに気付かなかったのか」と思い、一刻も早くこのビジネスを進める気になっていた。
「まずはどの健康食品を扱うのか、ということを決め、次の役員会議で早速、地域限定でのスタートなど提案してみようかしら」。藤本はこの事業構想に、今までの悩みが一気に晴れるような思いがしていた。