「厳しすぎる販売ノルマ」を販売担当者に課した金融機関の悲惨な結果
時間通りに保育園に子どもを迎えに行くのは重要だ。娘たちがまだ幼かった頃のある日、私は渋滞に巻き込まれ、時間通りに保育園に到着するために必死になって運転した。保育園は午後4時に閉まる。私は4時2分に車を駐車場に停めると、運転中から頭の中で何度も繰り返していたお詫びの言葉を忘れないようにしながら園に駆け込んだ。だが先生に不愉快そうな視線を向けられ、謝罪の言葉が喉に詰まってしまった。あまり愉快な経験ではなかった。
この一件の数週間後、保育園は、午後4時の閉園時間に10分以上遅刻して迎えに来た親に対して10ニュー・イスラエル・シェケル(この当時、私たち家族はイスラエルに住んでいた)の罰金を設定した(10シェケルは当時約3米ドルに相当)。「たった3ドル? 安いものじゃないか」と私は思った。次に遅刻したときは、必死になって運転したりはしなかった。3ドルのために、命をかけて危険な運転をする必要はなかったからだ。
この経験に触発された私は、アルド・ルスティチーニとともに、保育園が子どものお迎えに遅刻した親に罰金を科すことの影響を調べるためのフィールド実験を実施した。遅刻に対して罰金を科していない保育園10か所を対象にし、最初の4週間は、各保育園で迎えに来た親が遅刻する回数を調べた。その後、そのうち6か所の保育園で、遅刻した親に3ドルの罰金を導入してもらった。
その結果、罰金に反応して行動を変えたのは私だけではないことがわかった。罰金導入後、親が遅刻する回数の平均は倍になったのだ。親に遅刻を思いとどまらせるために導入された罰金は、逆に遅刻を助長していた。なぜだろうか?
インセンティブが発してしまった意図しないシグナル
罰金が導入される前は、親は遅刻すると気まずい思いをしていた。これは悪い社会的シグナルになるだけではなく、悪い自己シグナルにもなりうる。遅刻に少額の罰金を導入することで、保育園側は保護者に対して「遅刻はそれほど悪いものではありません」というシグナルを送っていたのだ。
親は、遅刻は思っていたほどひんしゅくを買うものではないと理解した。何と言っても、罰金はわずか3ドルなのだから。罰金を払うことで、親は遅刻をしても罪悪感を味わわなくても済むようになった。罰金は、一種の料金のようなものとして機能していた。親は、お金を払ってこの「遅刻パス」を買うかどうかを判断するようになった。

















