「空きテナントが増えている」「衰退してる」と言われるが…代官山はいつ、なぜおしゃれな街になったのか?その意外な経緯

✎ 1〜 ✎ 20 ✎ 21 ✎ 22 ✎ 23
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

卓越した都市計画とは、朝倉不動産と槇文彦氏による「ヒルサイドテラス」の街づくりを指している。「代官山T-SITE」は、「ヒルサイドテラス」が守ってきた代官山の美しい街を理解し、新たな文化を築いたのだ。

代官山T-SITE ヒルサイドテラス
手前が「代官山T-SITE」、奥が「ヒルサイドテラス」。街並みが調和している(筆者撮影)

転換期にある代官山

代官山では「ヒルサイドテラス」を皮切りに、70年代後半から高感度な店舗が誕生し、80(昭和55)年頃から「おしゃれな街」となった。時代とともに生まれた建築と店舗、路地が、代官山をおしゃれな街たらしめてきた。

11年にオープンした「代官山T-SITE」は、その代官山の歴史を踏まえ、新たな文化を生み出した。「代官山T-SITE」によって、代官山はリブランディングされたのである。23年には、駅前に新たな商業施設「フォレストゲート代官山」がオープンした。

フォレストゲート代官山
23年に東急不動産がオープンした「フォレストゲート代官山」(筆者撮影)

だが「代官山T-SITE」の誕生から15年が経った今、代官山は衰退がささやかれ、街なかには空き店舗が出現している。商業の街として再びブランド力を強めるのか、閑静な住宅街となっていくのか。代官山は転換期にある。

【前編】「以前より衰退している」とは言われるが…おしゃれで美しい街「代官山」。イメージを作った2つの施設の"正体"
参考文献:ヒルサイドテラス50周年実行委員会監修『Hillside Terrace 1969-2019 アーバンヴィレッジ代官山のすべて』
増田宗昭著『代官山オトナTSUTAYA計画』
坪川 うた ライター・ショッピングセンター偏愛家

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

つぼかわ・うた / Uta Tsubokawa

ショッピングセンター偏愛家・ライター。新卒で大型SCデベロッパーに就職。小型SCデベロッパーへの転職を経て、フリーランスに。国内外で500以上の商業施設を視察済み。宅建・FP2級。熊本大学卒。

この著者の記事一覧はこちら
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

関連記事
トピックボードAD
ビジネスの人気記事