代官山は近年、衰退しているとささやかれているが、長らく「おしゃれな街」というイメージを持ち続けてきた。代官山はいつから、そしてなぜ「おしゃれな街」になったのだろうか。
かつてのシンボル「同潤会代官山アパート」
代官山では縄文土器や弥生土器が発掘されており、古くから人が暮らしを営んでいたことがわかっている。
高台で風通しも良く、江戸時代には武家屋敷が建てられた。明治に入ると、それらは高級官僚などの邸宅となっていく。
昭和になると、代官山のシンボルは1927(昭和2)年に建てられた「同潤会代官山アパート」となった。同潤会とは、関東大震災後の復興計画に基づいて設立された財団法人である。「同潤会代官山アパート」は、ヨーロッパの集合住宅をモデルにした震災復興の賃貸住宅として建設された。


















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