単なる商業施設ではなく、展覧会や音楽会を催せる施設があり、代官山の文化的な側面を形作ってきた。70年代後半から八幡通り周辺にブティックなどが増え、80(昭和55)年に入る頃に代官山がおしゃれな街として認知されるようになった。
一軒の地主と一人の建築家が、代官山のイメージの基礎を築き上げたのだ。
八幡通りの再開発「代官山アドレス」
代官山が大きな転機を迎えたのが、「代官山アドレス」 のオープンである。「代官山アドレス」は、96(平成8)年に解体された「同潤会代官山アパート」跡地の八幡通り沿いに建てられた。
「同潤会代官山アパート」は長きにわたり代官山のシンボルとして存在したが、老朽化のため再開発の話が持ち上がったのである。「同潤会代官山アパート」の解体時には、「さよなら同潤会代官山アパート展」というイベントが催されたことから、この建物が代官山でいかに愛されてきたか感じ取れる。
2000(平成12)年、それまで低い街並みが守られてきた代官山に、36階建てのタワーマンションと商業施設「代官山アドレス」が誕生した。


















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