「空きテナントが増えている」「衰退してる」と言われるが…代官山はいつ、なぜおしゃれな街になったのか?その意外な経緯

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「代官山アドレス」の開発を皮切りに、八幡通りでは次々と再開発が進んだ。05(平成17)年にはマンションと商業施設からなる「代官山プラザ」がオープンした。

「代官山プラザ」。2024年に無印良品が出店した(筆者撮影)

新たなシンボル「代官山T-SITE」

代官山が再び転機を迎えたのが、2011(平成23)年の「代官山T-SITE」のオープンであった。

代官山T-SITE
「代官山T-SITE」(筆者撮影)

開発したのは、TSUTAYAを手がけるCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)。社長の増田宗昭氏は「代官山T-SITE」において、50〜65歳のプレミアエイジへライフスタイルを提案することを目指した。

生活がファッション化した1980年代に生産と消費を担っていたプレミアムエイジをターゲットとし、「文化拠点」をつくろうとしたのだ。それまでTSUTAYAは20〜30代がターゲットであったが、高齢化を見据えてシフトさせた側面もあった。

「代官山T-SITE」のある地にはもともと水戸徳川家の邸宅があり、「ヒルサイドテラス」に隣接している。

増田宗昭氏は著書『代官山オトナTSUTAYA計画』で、「遠い縄文時代、海の上に屹立し、よい風に包まれていた高台の地は、やがて屋敷町として発展し、さらに卓越した都市計画によって、特別な色合いを帯びるに至った。その美しい"土地の色"に対する敬意を忘れないこと。実はそれこそが、この代官山プロジェクトの出発点なのである」と語っている。

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