――大学を出て新卒で入ったのは野村証券。志望した理由は。
実は就職活動で、テレビ局の女子アナウンサーを当初目指していたんです。ところがキー局すべてに落ちてしまった。そこで、すぐに他業界の会社を受けようと。しかし大学名もそんなにいいわけではなく、長所として自慢できるものもありませんでした。
そこで、どうせ働くなら「最も厳しい環境」に身を置いて自分を鍛えたいと考え、激務で知られる野村証券を選んだんです。野村証券で3年働き続けることができれば、いろいろな業界にチャレンジできると聞いていたので。「修業」するつもりで入社しました。結果、5年いました。
――実際に入社してどうでしたか。
めちゃくちゃ大変でした。大学時代はキラキラした生活を送っていたのに、入社してすぐ「ピンポン(飛び込み営業)に行ってこい」と言われるんですから。池袋支店からスタートし、毎日、野村証券伝統の「巻紙(まきがみ)」を書いて、泥臭い飛び込み営業を続けました。
地道に頑張った結果、2年目には個人成績で全国2位になり、さらに同期では3人しか選ばれない「CEO賞」も受賞することができました。最終的には本社勤務となり、未上場企業の株価算定や相続対策といった業務に従事しました。
外資系金融機関ではなく銀座を選択
――その向上心はどこから生まれているんでしょうか。
両親が2人とも公務員だったことが影響しているかもしれません。公務員は安定していますが、生涯で稼げる額が決まっています。私は幼少期からもっと上り詰めたい、地位もお金も手に入れたいという野心がありました。
――野村証券時代のキャリアは輝かしいものですが、そこからまったく違う夜の世界に飛び込みました。
実は当時、外資系の金融機関の数社からお誘いを受けていました。しかしちょうどそのころコロナ禍で、「このまま会社員のままでいいのか」と考えるようになっていました。というのも野村証券時代、お客様の資産はどんどん増えているのに、自分自身の資産形成ができていなかったからです。
もちろん野村証券のお給料もかなり良かったのですが、自分の資産を形成したいと思ったんです。また、投資関係の事業で起業したいとの思いもありました。そのためまずは自己資金をある程度稼ごうと、思い切って「銀座に転職」することにしました。





















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