"異色のキャバ嬢"きこさんは野村証券を経て銀座の夜の街に飛び込んだ 「シャンパンを飲みながら株の話をしています」

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きこさん
きこさんは「毎朝起きたら日本経済新聞の電子版を読み、人事情報も必ずチェック」しているという(撮影:梅谷秀司)
「元証券マンキャバ嬢」という異色の肩書を持つのは、ジャングル東京銀座に在籍する「きこ」さんだ。2017年に野村証券に入社し法人営業などで実績を出した後、キャバクラへと転職した。
『「巨大キャバクラ」グループ進出で変わる銀座の夜』など東洋経済オンラインで連載中の特集「銀座 大異変」。今の銀座を知るきこさんに転職した理由やキャバクラ事情などを聞いた。

――大学を出て新卒で入ったのは野村証券。志望した理由は。

実は就職活動で、テレビ局の女子アナウンサーを当初目指していたんです。ところがキー局すべてに落ちてしまった。そこで、すぐに他業界の会社を受けようと。しかし大学名もそんなにいいわけではなく、長所として自慢できるものもありませんでした。

そこで、どうせ働くなら「最も厳しい環境」に身を置いて自分を鍛えたいと考え、激務で知られる野村証券を選んだんです。野村証券で3年働き続けることができれば、いろいろな業界にチャレンジできると聞いていたので。「修業」するつもりで入社しました。結果、5年いました。

――実際に入社してどうでしたか。

めちゃくちゃ大変でした。大学時代はキラキラした生活を送っていたのに、入社してすぐ「ピンポン(飛び込み営業)に行ってこい」と言われるんですから。池袋支店からスタートし、毎日、野村証券伝統の「巻紙(まきがみ)」を書いて、泥臭い飛び込み営業を続けました。

野村証券の巻紙
野村証券の営業で伝統となっている「巻紙」(編集部撮影)

地道に頑張った結果、2年目には個人成績で全国2位になり、さらに同期では3人しか選ばれない「CEO賞」も受賞することができました。最終的には本社勤務となり、未上場企業の株価算定や相続対策といった業務に従事しました。

外資系金融機関ではなく銀座を選択

――その向上心はどこから生まれているんでしょうか。

両親が2人とも公務員だったことが影響しているかもしれません。公務員は安定していますが、生涯で稼げる額が決まっています。私は幼少期からもっと上り詰めたい、地位もお金も手に入れたいという野心がありました。

――野村証券時代のキャリアは輝かしいものですが、そこからまったく違う夜の世界に飛び込みました。

実は当時、外資系の金融機関の数社からお誘いを受けていました。しかしちょうどそのころコロナ禍で、「このまま会社員のままでいいのか」と考えるようになっていました。というのも野村証券時代、お客様の資産はどんどん増えているのに、自分自身の資産形成ができていなかったからです。

もちろん野村証券のお給料もかなり良かったのですが、自分の資産を形成したいと思ったんです。また、投資関係の事業で起業したいとの思いもありました。そのためまずは自己資金をある程度稼ごうと、思い切って「銀座に転職」することにしました。

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