冬にしか作れない線香花火がある…輸入99%時代に"400年の技"をつなぎ、日本最後の「藁の線香花火」を守り伝える花火師一家の覚悟

✎ 1 ✎ 2
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

「原料がなくなれば、自分たちで作ればいい。なければ探す。そうやってつないでいかんとね」

淡々とした言葉の奥に、伝統と技術を途切れさせまいとする覚悟がにじむ。

モノを作る工房が減れば、原料を作るひとも減る。需要が消えれば、供給も消えていく。

「伝統産業と呼ばれる分野では、同じようなことが起きているんじゃないですか。変化に合わせて変わることも大事なことだと思います。でも、この数十年を振り返ってみて、変わらないものを残していくことの難しさも、痛いほどわかりました」

今日子さんは、しみじみと語る。

「変わらないものを残していくためには、私たち自身が変わっていかなきゃいけないんですよね」

技術を受け継ぎ、原料を作る。

それでも、400年続いてきた線香花火を残していくためには、まだ足りなかった。

今日子さんと良太さん(写真:筆者撮影)

場がないなら、場を作る

玩具花火を取り巻く環境は、年々厳しくなっている。都市部では花火が禁止されている場所も多く、遊ぶ場がない。公園も浜辺も「不可」で、できる場所は限られていく。

「都市部では、手持ち花火を経験しないまま育つ子どもも多い」と今日子さんは言う。

「今、花火やってると通報される時代になってしまって。やっちゃいけないものをやってるみたいな意識に少しずつ変わってきていることが、一番の衰退の原因だなと思ってるんです」と表情を曇らせる。

「花火作りにどんなにこだわっても、花火で遊ぶ機会がなければ国産であろうが海外産であろうが違いはわからない。子どもの頃に経験しないと、大人になってもやらない」

体験がなければ、伝統は途絶える。

だからこそ、作るだけでは足りない。原料を守り、その価値を「体験」として届けるところまでを引き受けなければならない。筒井時正玩具花火製造所は、線香花火を「作って売る」だけの存在ではなく、花火を知り遊ぶ機会そのものを守る取り組みにも踏み出している。

次ページ懐かしさが、伝統をつなぐ
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事