冬にしか作れない線香花火がある…輸入99%時代に"400年の技"をつなぎ、日本最後の「藁の線香花火」を守り伝える花火師一家の覚悟
生き物を受け継ぐことの難しさ
良太さんが戻ってから、線香花火が売れない日々が続いた。作っても、作っても在庫の山。安価な中国産に勝ち目はなかった。
「食卓で出る会話は、悔やみ事ばかりだった」。今日子さんはそう振り返る。
それでも良太さんは研究を続けた。
隈本火工から技術を引き継いだものの、線香花火の詳細な配合書は残っていなかった。火薬の配合をゼロから探る必要があったのだ。
硝石、硫黄、松煙など自然由来の原料で作る火薬に、固定のレシピは通用しない。原料の状態も、その日の気温や湿度も毎回違う。正解はなかった。
「火薬を配合したては、火が不安定だったり荒かったりする。でも、全然良くないと思っていた火薬が、日が経つと良くなることもあったりする」
良太さんは言う。
自然相手の線香花火作りは、気象条件や原料の状態に応じて、都度配合を変える必要がある。ちょっとした違いで、火花は変わる。
「一本たりとも同じものがない」
線香花火は、生き物だった。だからこそ、受け継ぐのが難しい。それでも良太さんは、そこに惹かれた。
「どうしたらもっと良くなるんやろう。自分の納得いくものを作りたい」
研究を重ねるうちに、10年の月日が経っていた。
その後、BEAMSなどのセレクトショップでも扱われるようになり、筒井時正玩具花火製造所の線香花火は独自のポジションを築きはじめた。
そしていま、線香花火は年間40万本が売れるまでになった。東の線香花火が20万本、西の線香花火が20万本。量は増えても、向き合い方は変わらない。東の線香花火は約20人の職人に委託し、西の線香花火は良太さんたち5人の職人が工場で、1本ずつ手で作っている。
「ある程度ベースとなる火薬配合はわかっている。でも、いまだに完成してないし、完璧でもない。自然相手だから、飽きることがない」


















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