川田利明が明かす…盟友・三沢光晴との30年以上にわたる"命がけのケンカ"の凄まじい【ガチさ加減】

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故・三沢光晴氏との間で繰り広げられた「ケンカマッチ」について振り返ります
「プロレスとは、そもそも不穏な空気をまとうものであり、すべてが『ケンカマッチ』である」。そう語るのは、90年代の全日本プロレスで四天王として君臨し、現在は飲食店「麺ジャラスK」を営む川田利明氏。
そんな川田氏が振り返る、高校時代からの先輩であり数々のケンカマッチを繰り広げてきた故・三沢光晴氏とのガチンコすぎる因縁とは――。同氏の共著『証言 プロレス界ケンカマッチの真実』から、一部を抜粋・編集してお届けします。

プロレスとは、そもそも「不穏な空気」をまとうもの

プロレスはすべて「ケンカマッチ」──"デンジャラスK"川田利明は、プロレスは技と力、そして感情のぶつかり合いであり、そもそも不穏な空気をまとうものだと定義する。

「ケンカマッチって、プロレス自体がそうじゃん。俺は感情的になることが試合では普通だと思っているからね。『ムカーッ』と思った場面はないのかって? ずっと『ムカーッ』としているのが試合じゃないの?」

かくいう川田の生涯にわたるケンカ相手は、足利工業大学附属高校(現・足利大学附属高校)の1学年上の先輩・三沢光晴だった。川田vs三沢は常にデンジャラスであるからこそ、全日本プロレスの1990年代の黄金カードとなり、98年5・1、全日本が初進出した東京ドーム大会でメインを飾った。

三沢との三冠戦は通算8試合で川田が2勝6敗。8試合はいずれも川田が挑戦者の立場であり、王者として三沢を迎え撃ったことはない。

ノアの2005年7・18東京ドーム大会を最後に、シングルマッチは通算20試合で3勝12敗5分け。三沢が圧倒的優位に立っているが、感情を顔に出さないはずの三沢が、川田に対してだけは違っていた。

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