川田利明が明かす…盟友・三沢光晴との30年以上にわたる"命がけのケンカ"の凄まじい【ガチさ加減】

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殴られるうえに、とにかく忙しいんだよ。練習が終わってから食材の買い出しに行って、帰ってからすぐ料理。先輩たちの食事が終わったら片づけをして、みんなの洗濯をして……もう本当に地獄だった。

プロレスの世界に入ったら、その地獄が少しは和らぐのかと思ったけれど、全日本でも俺の代が1人しかいなくなったから、結局は地獄の繰り返しだった」

「三沢さんから褒められたこと? ないね」

川田は82年、1年先に全日本入りしていた三沢のあとを追うように、全日本に入団。東京・世田谷区砧の全日本合宿所では、三沢との二人部屋で新弟子時代を過ごした。

「他の人は一人部屋なのに、三沢さんと俺だけ二人部屋。高校時代の三沢さんは、他の先輩がやるようなイジメに近いことはあまりしない人だった。理不尽なことはやらない。

でも、プロレスに入ってからは正直、三沢さんから毎日のように何かちょっとしたことがあるたびに怒られていたね。髪をとかす硬いブラシ、そのトゲトゲがついたほうでいつもぶん殴られたよ。

高校時代の三沢さんはそういうふうにしたことはなかったのに、プロレスに入ってから急にそうなったんだよ。1歳しか変わらなくても後輩は後輩だから、ちょっとでも気に食わないことがあれば、殴られるようになった。

俺は全日本に入団したばかりの頃で、丸刈り頭だったからけっこう痛かった。三沢さんから褒められたこと? ないね。めったに人を褒める人じゃないからね」

三沢が川田をどついた理由は定かではない。誰よりも先に手を出すことで、他の先輩たちから川田が殴られることを防ぐためだったのか、それとも社会人になりたての若者の多くがそうであるように、悪気のない失礼があったからなのか。

いずれにしても、川田は殴られながらも、先輩の背中を追い続けた。

「だからといって、三沢さんのことを嫌いになるとか、そういうことは俺にはいっさいなかった。好きとか嫌いとか、そういう問題ではないんだよ。

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