少年時代の夢を叶えてメジャーリーグへ。ボストン・レッドソックス吉田正尚が中学時代から貫く「流儀」

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吉田 正尚
アメリカ大リーグ「ボストン・レッドソックス」吉田正尚選手(​写真:AP/アフロ)
2023年のWBCで日本を世界一に導き、メジャーリーグ挑戦初年度から首位打者争いに食い込む活躍を見せたボストン・レッドソックスの吉田正尚選手。その2023年シーズン終了後、彼が選んだ渡航先は意外にもカンボジアでした。その理由は「これまで支援してきた施設を自分の目で確かめたかったから」。
小学生のころに見たドキュメンタリー『世界がもし100人の村だったら』でストリートチルドレンの現実に衝撃を受け、プロ入り4年目から継続してきたチャリティ活動。その原点を確かめる旅でした。​
カンボジアに同行したノンフィクションライター長谷川晶一氏による著書『決断ーカンボジア72時間ー』より一部を抜粋、再編集し、本記事ではボストンでの吉田選手の様子についてお伝えします。
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ついに実現した夢の大舞台

幼い頃から、「遠くに飛ばすこと」を追い求めてきた少年は、高校、大学で着実に実績を残し、プロ野球選手になった。プロ入り以前から、「社会貢献がしたい」と語っていた男は、自らが放ったホームランに応じて、海外のストリートチルドレン、トラフィックトチルドレンをサポートする活動を始め、着実に成果を上げていた。

そして、彼が次に選んだのがアメリカ、メジャーリーグの大舞台だった。

「子どもの頃から、なぜか日本のプロ野球よりもメジャーリーグが好きでしたね。常にハッスルしている姿にも魅了されたし、フルスイング、そして信じられない飛距離にも夢中になりました。大学時代には時間もできたので、携帯でたくさんの映像も見たし、いろいろな情報も集めました。あの頃、好きだったのはブライス・ハーパーでした」

吉田正尚が口にしたのは、かつてワシントン・ナショナルズに在籍し、2019(平成31/令和元)年からはフィラデルフィア・フィリーズに移籍した大型大砲だ。吉田が大学生だった2015年にはホームラン王にも輝いている。

吉田 正尚(よしだ まさたか)​/1993年福井県生まれ。6歳から野球を始め、敦賀気比高校では甲子園に2度出場。青山学院大学を経て2015年ドラフト1位で指名され、オリックス・バファローズに入団。
2年連続首位打者(20、21年)、5年連続ベストナイン(18〜22年)、22年には球団として26年ぶりの日本一に。その後ポスティングシステムを利用しMLBボストン・レッドソックスへ移籍。日本代表として出場した国際大会は、19年WBSCプレミア12、21年東京オリンピック、23年WBCで、いずれも世界一。とりわけWBCでは大会新記録の13打点の活躍でオールWBCチーム(ベストナイン)に選出された。
卓越したバットコントロールとパワフルなスイングが持ち味の日本を代表する強打者。鍛え上げた筋肉質な体から「マッチョマン」の愛称でも親しまれている。22年にはプロ野球界で社会貢献に尽力した選手を表彰する「ゴールデン・スピリット賞」を受賞。その際に授与された副賞100万円も「国境なき子どもたち」に寄付している。​
次ページ小学校の卒業文集で「大リーグに行きたい」と書いた
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